ホワイトハウス

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ホワイトハウス

羽目殺しの窓の外に柿が色づいている日曜日の午後、二階の自室の白い勉強机の前に座った私は大きく伸びをした。いくら高校受験を控えているって言っても、勉強ばっかじゃやってらんない。 「とああ」 私は机の上の数学の問題集を床にぶん投げた。 そして、白い椅子を立って、白いベッドの白いシーツの上に倒れこみ、仰向けに寝転んだのだった。 この部屋は、タンスも本棚も電灯も、パソコンもラジカセもエアコンも、みんな白い。私の今着ているものだって上下白のジャージ。衣類だってほとんどが白。どこも真っ白。 それはこの部屋に限ったことではなく、家の中全体が白い。時々、気が変になる。だから、たまには問題集をぶん投げずにはおられない。 仰向けになった私は、昨日、お母さんに言われて、天井を自分で補修した跡を眺めた。 私は昨日、そこに数センチ四方の穴を開け、蓋を開けた目薬を逆さに刺し、マジックハンドを使って、「二階から目薬」をやって遊んでいたのだった。 まあ、お母さんが激怒するのもわかる。でも、子供はいたずらが好きなもの。 いずれにしても、この家でこんなことができるのには訳があった。この家は床も壁も天井も、すべてホワイトチョコで出来ているのだった。 このホワイトチョコの家は二年前、お父さんがローンを組んで買った。 両親はホワイトハウスなんて呼んでうれしそうだけれど、ホントは私は普通の家がよかった。 初めのうちは時々、壁を削って盗み食いしたりして楽しかったけれど、今となってはその壁も大分、薄汚れた。食べる気など到底起きない。触るとべたつくし、なんかミルク臭いし。夏は最悪。地獄。クーラー止めると家の中、触る所あまねくべとべと。 まあ建築用資材のホワイトチョコだから、溶けて流れちゃうことはないらしいんだけど、でも、やなもんはやだ。 お父さんは瑕疵物件だって一時騒いでたけれど、買う前からチョコだってわかってたじゃんね。チョコは高熱で溶けます。 ん?ホワイトチョコはチョコじゃない?まあ、たしかに。 そんなわけで私は、昨日の夜、お母さんに言われスーパーで板チョコを買い、それを湯煎して溶かしたものを、鏝で天井に塗り付けたのだった。 左官作業なんて初めてやった。 私はベッドに寝転がったまま天井を見上げ、そこだけちょっと色が違うけどまんざらでもない、自分の仕事の出来栄えを眺めていた。 「百合。そろそろ、お願い」 あ。お母さんが下から呼んでる。 「はあい」 私は今日、お使いを頼まれていたのだった。 白いジャージを脱ぎ、白いジーパンと白いブラウスに着替えた私は、ディーパックに必要なものを入れると階下へ降りた。 どこもここも真っ白なダイニングでは、お父さんがテーブルに向かって白いジグソーパズルに取り組んでいた。 「お父さん、それ、面白いの?」 「うん。百合もやってみる?」 「私はいいや」 「はは。あ。そうだ。夕飯、何食べたいって、お母さんが」 「ああ。うん」 「そろそろ涼しくなってきたから、鍋は?豆乳鍋、湯豆腐。シチューもあったまるね」 「ああ。なんでもいいや。お任せします」 ばしゃー、と音がしてお母さんがトイレから出てきた。 「お母さん。私、行くよ、おばあちゃんち。どれ?届けるもの」 「ありがと。ちょっと待ってね」 今日、私はおばあちゃんの家にお母さんが作った大福を届けに行くのだった。お母さんは大福の入ったビニール袋を台所から持ってきた。 お母さんが作った大福はおばあちゃんの好物。 白いお餅の中にはやっぱり白あん。私はそれをディーパックにしまった。 「行ってきます」 「お願い。気を付けてね」 私は素早く玄関のドアを開けると、素早く閉めて外へ出た。 ドアの内側で、お母さんが殺虫剤を撒いている音がする。 これはいつもの事だ。 外へ出ると、私はディーパックを開け、家では決して食べない味付けのりを取り出し、ぱりぱりと食べた。 おいしい。黒い。 そして、振り返り、我が家を改めて眺めた。 我が家が壁と言わず屋根と言わず、どこもかしこも真っ黒に光っているのは蟻のせいだった。ホワイトチョコにたかった蟻の背が日光を照り返し、家全体が黒く揺らめいている。 ここはホワイトハウスなんかではないのだ。 中が真っ白なこの家を私は好きではなかった。 私はディーパックからチューブの黒蜜を取り出すと、それを絞り出し、壁際に落としながら家を一回りしてから、おばあちゃんの家に向かった。 いつかこの家を引っ越す時を夢見て。
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