1体目 誰にも知られたくない好きなもの

1/3
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

1体目 誰にも知られたくない好きなもの

***  夢の国、ディスティニーワールド。春休みで園内は大混雑をしていた。姉と二人でディスティニーワールドに訪れた高校一年生の岸秀馬(きししゅうま)は、あるものを探してアトラクションには乗らずに、二十三歳になる姉を連れ回して広い園内を歩いている。  紺色の長袖に、ベージュのチノパン。陸上部所属の秀馬は短距離を主に練習しているため、お尻から太ももにかけてかなりの筋肉質だ。そのためピッチリと足にまとわりつくジーパンが嫌いで穿かない。  そして、秀馬が歩く姿は体力が有り余っているため足取りは軽く、姉はついて行くのに必死だった。姉はハァハァと息を切らしながら、猫背気味の背中を追う。 「ねえ、秀ちゃん。もういいでしょ、売り切れたんだって」  秀馬の姉、優李(ゆうり)がため息をついた。秀馬が訪れたお土産屋さんはこれで三件目になる。広い園内のお土産屋さんを片っ端から歩き回されて疲れていた。 「いいや、ネットに載ってたんだ。絶対売ってる」  秀馬は優李に向かって振り返る。部活で日焼けした肌に、黒縁眼鏡。瞳の色は漆黒で二重に、まつげは長い。髪色は黒で爽やかなメンズショート。  秀馬はスマホを優李に見せると、そこには亀のぬいぐるみキーホルダーが表示されていた。 「でも、亀のコーラルがメインのアトラクション近くにあるお土産屋さんには無かったじゃない。だからどこ行っても無いんだって」 「あるかどうかの確認だけ……! ねーちゃんの荷物持つからお願い!」  秀馬に手を合わされお願いされれば優李は断れず、渋々亀のコーラル探しを手伝った。ついには園内を一周し、入り口付近の大きなお土産屋さんに秀馬たちは入ることに。店内も人が多く大混雑をしており、秀馬と優李は二手に分かれてコーラルを探すことにした。  秀馬がフラフラと人混みに酔いながら探していると「秀ちゃん、コーラルあったよー!」と叫ぶ優李の声が聞こえてくる。秀馬は心の中で大声で叫ぶなよ、と舌打ちをして優李の姿を探した。 「ねーちゃん、店の中で叫ばないで。春休みで友達と来てるやついるんだから」  秀馬が繋がっているSNSでは春休みということもあり、頻繁にディスティニーワールド、とタグ付き更新されていた。いくら園内が広いといえど、いつどこで誰と遭遇するか分からない。 「ごめんって、これで歩かなくて済むと思うと嬉しくて、嬉しくて……」  涙ぐみながら優李は手で顔を覆った。もちろん、これは秀馬に対するオーバーリアクションである。それを分かっていた秀馬は「はいはい」と素っ気ない返事をし、コーラルを探す。姉が見つけてくれたコーラルは、他のキャラクターが五列ずつ並んでいるぬいぐるみキーホルダー列の一番下にいた。  さーってと、どのお顔がかわいいかなぁ?  しゃがんで一列しかいないコーラルの顔を見比べる。お顔の選抜大会だ。最初と二番目に並んでいた顔を見比べて、二番目の子を棚に戻す。二、三回比べた結果、一番最初のコーラルに決めた。 「ねーちゃん、これにする」  持っていたコーラルを優李に渡せば、優李の背後に見たことがある顔が見えた。 「あ」  すぐさま人混みに紛れようとしたが、相手と目があってしまったのと人が多すぎて身動きが取れなかった。彼に背中を向けたまま、やり過ごそうとしていれば後ろから声をかけられる。 「あれ? もしかして同じクラスの岸くん?」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!