5体目 告白

1/2
前へ
/18ページ
次へ

5体目 告白

「俺だけ高萩がぬいぐるみを好きなことを知っているなんて不公平じゃないのか……?」  五月の遠足が終わり、少し時間ができる六月。ふとした時間に生じた思いを拭い去ることは難しかった。日に日に罪悪感が増し、胃が痛くなるぐらいにくる痛みは秀馬を苦しめていた。 「おはよう」  一千翔が秀馬に挨拶をする。通学路で考えていたはずなのに、気づけば教室に着いていた。 「あ、お、おはよう……」  秀馬は乾いた声で返事をする。暑くないはずなのに、喉はカラカラに渇いていた。少しでも早く告白をして苦しみから解放されたかった。 「高萩、俺もぬいぐるみが好きだ」  真っ直ぐ一千翔の目を見て嘘偽り無く秀馬は言った。一千翔は目をまん丸にして秀馬を見つめ返す。 「本当に……?」  一千翔の期待するような視線に、秀馬はもう逃げないと息を飲みこむ。一千翔はハッとした表情をして、教室を見渡した。幸い、クラスのみんなは自分たちの話に夢中で一千翔と秀馬の会話に気づいていない。 「ここじゃあれだし、ちょっと出るぞ」  一千翔は秀馬の手を掴む。秀馬は机の両脇にあるかばんに、けつまずきそうになりながら教室を出た。  誰もいない家庭科室の前に来た。一時限目から家庭科室での授業はないみたいだ。 「さっきの話の続きなんだけど……」  一千翔は言いにくそうに口を開く。 「高萩が春休みにディスティニーワールドで見たぬいぐるみ、実は俺も買ったんだ。あの時いたのは他人じゃなくて俺の姉で。コーラルがほしくて一緒についてきてもらった」  秀馬は変に汗をかいていた。とっさに嘘をついていたのは事実だ。  ああ、何をペラペラと話しているんだろう? ただ、ぬいぐるみが好きなだけと言えばいいのに言い訳すぎるだろ。  クラスでも一千翔の周りには常に人がいる。それは一千翔が話しやすい雰囲気を兼ね備えているからだ。秀馬もその空気に呑まれ、ただ『ぬいぐるみが好き』と言うつもりだったのが話さなくていいことも話してしまう。 「嬉しい……ぬいぐるみ男子に会えるなんて」  一千翔は嬉しそうに笑った。だが、秀馬は一千翔が言った言葉が引っかかる。 「ぬいぐるみ男子?」  聞き慣れない言葉に秀馬は聞き返した。 「そう、ぬいぐるみが好きな男子のことをそう言うんだってさ。そうだ! 俺とぬいぐるみ同盟を結成しない?」  一千翔は嬉しさのあまりに興奮しているのか、秀馬の肩を掴む。近くなった距離感に秀馬は驚きを隠せない。 「ぬ、ぬいぐるみ同盟?」  動揺しながら秀馬は一千翔の目を見た。 「んっとな、ぬいぐるみを好きなことはみんなに内緒にして二人で分かち合う同盟。どう? ほら一人だと時々不安になるんだよなー。でさそういう時に、岸も俺と同じ価値観を持っていると思ったら安心する」  一千翔の表情に影が生まれる。秀馬も一千翔同様に不安になる気持ちは同じだった。母や優李はぬいぐるみが好きな秀馬を受け入れてくれる。だが、父だけは「男らしくない」と否定的だ。  酔っ払ったりすれば、わざと大事な亀のコーラスを踏んづけたり投げつける。秀馬にとっては、自分の心を踏み荒らされているようだった。 「いいなそれ。俺も安心する」  秀馬は久しぶりに営業ではない笑いをした。 「やった! じゃあさ、今週の土日に部活のオフ日ある? 一緒にゲーセン行きたい。取りたいぬいぐるみがあるんだー」  一千翔は小さくガッツポーズをする。 「んー……土曜日の昼からだと空いてるかな」  秀馬は予定を頭の中で思い浮かべる。確か、土曜日は部活動の予定は午前中だけだ。 「やった! 俺も午前練だし行けるね。じゃあ、あとでメッセ送る」 「りょ!」  クラスのグループSNSで繋がっているから、互いの連絡先を登録していなくても連絡を取ることができる。こういう時はクラスのグループSNSは便利だ。  放課後になり陸上部の活動が始まった。秀馬は伸び悩んでいた百メートルで速いタイムを切った。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加