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7体目 崩壊する関係
「江戸時代、朝廷の支配する土地を何と呼んだのか――おい、岸。聞いているのか?」
パコン、と秀馬の後頭部に衝撃がくる。秀馬は上の空だった顔を上げた。
「あ、すみません……」
秀馬はすぐに謝った。
「次、ぼーっと聞いとったら呼び出しするからな!」
授業態度に厳しい歴史の先生が怖い顔で秀馬を見下ろす。
「はい、すみません」
秀馬は繰り返し謝る。その様子を一千翔は頬杖をつきながら見ていた。
***
「どうした? あいつの授業は聞いとかないとめんどくさいこと知ってるだろ」
授業が終わるなり、一千翔は秀馬に声をかけてくる。
「はは……」
秀馬は引きつった笑顔で返事をした。
「俺、あの時間内職してんだからさあ~」
一千翔は古典の授業中で提出する課題プリントを見せてきた。それを見て、秀馬はやっていなかったことを思い出す。
「あ、それ今日提出だっけ……」
秀馬は課題のことをすっかり忘れていた。一千翔に向かってプリントを見せてほしいと両手をすりあわせる。
「まーた忘れてたのか。自販機のジュースおごれよ」
「ありがと! 助かる!!」
秀馬はパンと柏手を打ち、一千翔のプリントを受け取った。
「で、何かあった?」
秀馬が一千翔のプリントを移していれば、一千翔は手で課題の答えを隠した。
「一千翔~」
秀馬が縋るような目で一千翔を見上げた。
「教えてくれたら見せてやる」
一千翔のまっすぐ見据える目線に秀馬は素直に白状した。
「あのさ、草留って一千翔の友達?」
秀馬がおそるおそる聞けば一千翔は頷いた。
「あきらは幼なじみだけど……それがどうした?」
一千翔は話が繋がらないらしく、あごに手を置いた。
「実はさ……」
秀馬は今朝起きた出来事を一千翔に話した。
***
「なぁ、最近一千翔と仲良くしてる岸ってお前?」
教室に訪ねてきたのは喋ったことがない知らないクラスメイト。
「はい?」
敵対視をするかのような目線に秀馬は息を飲みこむ。肝心の一千翔はまだ登校していなかった。
――また波乱が起きそうだ。
「ここじゃ話せないことだから、ちょっといい?」
この生徒とは別のクラスで話したこともない。呼び出される理由がわからなかった。
「いいけど……」
見た目からして運動部ではなさそうだ。それにグラウンドでも見たことがない。啖呵を切ってはいたが、ケンカとかではなさそうだった。
誰もいない家庭科室の廊下。この場所に見覚えがあった。
――あ、この場所、一千翔にぬいぐるみが好きだと告白した場所だ。
その事実に気づいてしまった秀馬は気づいてしまう。
――もしかして一千翔との会話を聞かれてた?!
秀馬の顔から一気に血の気が引く。キーン、と嫌な耳鳴りがした。
「ぬいぐるみ同盟ってなに?」
その言葉だけで、地面が揺らいだ気がした。
「なにそれ」
できるだけ秀馬は普通に返答しようと心がける。この場にいない一千翔には迷惑をかけないように必死だった。
「なにそれじゃないだろ。一千翔から聞いた」
生徒は秀馬に詰め寄るように近づいた。秀馬はうろたえ、ふらりと尻もちをつく。
「一千翔が……」
一千翔が裏切ったとは思えなかった。いや、思いたくなかった。それに、目の前にいる生徒がこの事実を悪用しようとし脅しにきたのかもしれない。グルグルと嫌な予感が頭の中を巡り、黒ずんだ感情で埋めていく。
今すぐコーラルを抱きしめて現実逃避をしたかった。
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