7体目 崩壊する関係

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 その後、友井経由で秀馬を呼び出した男子生徒は草留あきらと知る。あきらは映画研究同好会に所属しているらしい。 「あー……それ俺のせいだわ。ごめん!」  今度は一千翔が両手を合わせて謝罪する。突然の謝罪に秀馬は驚いた。 「な、なんで一千翔が謝るんだよ……」  秀馬は俯く一千翔の顔を上げさせる。一千翔が謝る必要がない。 「実はその……あきらはさ……」  歯切れが悪そうに一千翔は顔を曇らせる。状況は秀馬にはわからないが、とても言いづらそうだった。 「別に言いたくなかったらいいよ。そこまでして事情を聞きたくない」  本当は白黒ハッキリさせたかった。だが、すでに一千翔はあきらに弱みを握られているのかもしれない。そう思えば、秀馬は強く言い出すことはできなかった。 「あ、いや……俺が悪いし。言うよ」  フー、と一千翔は深呼吸をする。深呼吸をして落ち着いたのか、一千翔は口を開いた。 「あきらは俺の幼なじみで、俺が何かを隠していると勘付いたのか誘導尋問を仕掛けてきたんだ。そんで、つい言っちまった……」  一千翔はごめん、とまた深く頭を下げる。 「そっか、弱みとか握られたわけじゃないんだな」  不思議と怒りはなかった。一千翔の幼なじみなら悪いことにはならないと思ったからだ。だが、その期待は簡単に裏切られる。  ***  突然、クラスSNSグループにある言葉が投稿された。 ――高萩一千翔と岸秀馬はぬいぐるみが好き。  誰かが送ったのかはわからない。捨てアカウントな上、特定は不可能だ。ただ、秀馬たちはあきらのせいだと思っていた。状況的にぬいぐるみが好きなことはあきらしか知らない。  *** 「どうしてこんなことに!」  秀馬はスマホを机に投げつける。スマホの画面は無数のひびに覆われた。クラス中から伝わる好奇心の目線。どう遊んでやろうか、と聞こえもしない声が聞こえてくる。秀馬の脳裏では中学生時代に陰口を言われていた友達を思い出していた。彼は堂々とぬいぐるみを好きだと宣言していた。クラスメイトは表面上、理解のある表情をするが裏ではバカにして笑っていた。  その友達はいじめに耐えかねて転校した。連絡を取らなくなった今、彼がどこで何をしているのかは知らない。ぬいぐるみに囲まれて楽しげに笑っていればいい。彼が生きていればそれでよかった。  ただ、秀馬には転校の理由にはならない。父は学校を転校することを許さないだろうし、いじめとは無縁だろう。秀馬の気持ちなど理解してくれるはずがない。 「秀馬……」  一千翔は心配そうに秀馬の肩に手を置いた。秀馬は一千翔を見る。自分と一千翔はクラス上でのカーストが違う。どちらかを選べと言われたら、選ばれるのは一千翔の方だろう。わかりきっていることに、戸惑いを隠せない。 ――パシン。   沸々と黒い感情が生まれ、衝動的に一千翔の手を叩いてしまった。  一千翔は驚き、悲しそうに目を伏せる。一千翔にまた地獄を味わせてしまったことを、すぐに後悔した。 「……俺に慰められたくないよな」  一千翔は小さくごめん、と謝った。一千翔の瞳は涙で潤んでいた。必死にこぼさまいとまばたきをせずに目は大きく開かれている。つらい状況を一千翔に強いてしまった。だが、秀馬は何も言えなかった。自身も深く傷つき、一千翔に言葉をかける余裕がなかった。 「秀馬」  傍に来たのは友井だった。 「ちょっと、しんどいから保険室に行ってくるから先生に言っといて」  秀馬はこれ以上、好奇な目線に耐えることができなかった。逃げるようにして、教室を出る。友井は「わかった」と秀馬に声をかけた。  ***  その後、秀馬に対するいじめは起きなかった。だが、今もなお一千翔との関係は修復されていない。壊れたままだ。
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