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8体目 生きづらい世の中だけど
「はぁ……」
秀馬は大きくため息をついた。スマホには一千翔と撮ったゲーセンでのツーショットが表示されている。
秀馬は何度か、一千翔に声をかけようとしたが一千翔が秀馬を避けているようだった。なかなか二人きりになるタイミングが掴めず、依然、距離は縮まらない。楽しかったあの頃は遠い昔のようだった。
「はい、笑って笑ってー! 撮りますよっハイチーズ!!」
友井がスマホを掲げて自撮りを撮る。シャッター音が鳴った後、スマホ画面には秀馬の怪訝な顔にかわいらしい白猫耳とヒゲがついている。対照的に友井は満面の笑みを浮かべていた。
「勝手に撮んじゃねーよ。消しとけよ」
秀馬はそっぽを向いてスマホの画面を消した。画面が暗くなれば、ひび割れた画面がよく目立つ。ただ、秀馬には引っかかることがあった。
一千翔によれば、SNSに書き込んだのは幼なじみのあきらの犯行ではないらしい。といっても、その証拠がない。
では、誰があの書き込みをしたのか。犯人は分からずじまいだった。それが二人の関係に益々拍車をかけ、疑心暗鬼にさせている。秀馬は暴露されてから、誰も信用していなかった。
一千翔と秀馬は学校にぬいぐるみキーホルダーを持ってきていない。キャラクターグッズなども同様に持ってきていなかった。ぬいぐるみを持っていることを知っているのは、家族と一千翔、あきらに……ゲーセンにいた誰か。もし、あの場にクラスの誰かが偶然その場に居合わせたのならば可能性はなくはない。ただ、誰が何の目的で暴露したのかわからない。
二人のカーストを貶めるなら、それは成功したのも当然だろう。だが、あの一件以来誰も目立とうともしなかった。少しだけクラスの雰囲気が重くなっただけだ。今なら、体育祭である学年種目の縄跳びで最下位になる自信はある。
ふと、女性従業員の声が過った。まさか、あの人は年上に見えたし学校とは一切関係ない。一千翔との会話も自然だったし、元カノでもなさそうだ。
――はい、笑って笑ってー! 撮りますよっハイチーズ!!
そのかけ声に聴き覚えがあった。ゾワリ、と全身に悪寒が走る。
「なぁ、友井ってねーちゃんいたよな」
「ああ、いるけど。それがどうした?」
やはりそうだ。そうとは思いたくなかったが、質問をするしかない。もし間違っていれば謝ればいい。これ以上、トラウマを抱えたまま生きたくなかった。
「友井のねーちゃんって、さ……ゲーセンで働いたりする?」
秀馬と一千翔がぬいぐるみが好きなことを知っている人物。それは、土曜日に行ったゲーセンの女性従業員だ。
「なんでそんなこと聞くんだよ、もしかしてデートをしたいとかか? やめとけよ、ねーちゃんに彼氏いるぜ」
友井は秀馬の疑いに気づいていないのか、言葉をまくしたてる。だが、秀馬にとって友井が言葉をまくしたてる時は何かを隠したい時だと知っていた。
陸上部に入部したての頃、初めて走った四百で全力で走ったにも関わらず、スピードや持久力が全然なかった。その時、動画を撮っていたのが友井だ。
秀馬が近づくなり、友井はタイムを隠すかのように秀馬に話しかけていた。友井は秀馬に気を遣って話しかけていたのではないか、と思っていたが違った。友井の口角がずっと上がっていた。笑うことを隠していた。
「友井だろ、俺と一千翔がぬいぐるみを好きって書き込んだのは」
当時もバカにされていると気づいていた。友井に対して追求しなかったのは、いつか友井に笑われないぐらいに速くなってやると闘志を燃やしていたからだ。
「……あーあ、バレちゃった」
友井は悪びれることなく言った。初めて友井の悪意を目の当たりにした瞬間だった。
「友井……」
一千翔と訪れたゲーセンにいた女性従業員は友井の姉だった。あの時は一千翔といたことで気づかなかったが、言われてみればどことなく友井と面影が似ていた。
「僕さ、七人姉弟なんだ。下は妹と弟だしぬいぐるみを全部譲ってきた。だからさ、ぬいぐるみが欲しくなる瞬間ってのがわかるんだよな」
「秀馬にぬいぐるみの話題を振ったっていい顔しないから、だから黙っていてやったのにさ自分はコソコソして高萩と遊んだりしてムカついたし許せなかった。どうにかして高萩と秀馬の関係を壊したかった」
友井は悔しそうに歯を食いしばる。完全に悪意だ。悪意しかない。
「それに高萩との関係を崩せば、秀馬はすぐにメンタルに来る。今度のリレーカーニバルの選手に僕はどうしても選ばれたかった」
「そんなことで……」
「そんなこと? いいよな、秀馬は何もプレッシャーを感じずに陸上ができて。僕は両親が陸上選手だからプレッシャーがハンパなかった。ただ、走るだけじゃダメなんだよ。選手に選ばれなくちゃ意味がない……」
ギリリ、と友井が歯をさらに食いしばる。友井の両親が陸上選手とは知らなかった。
「そんなことで他人を傷つけていいと思ってんの?」
「ふがっ……!」
友井の顔が机に押しつぶされる。押しつぶしたのは一千翔だ。
「一千翔……」
「お前もわかってんだろ。好きなものを否定されるつらさ。それをわかってながら、友達にするってサイテーだぜ」
一千翔の力が強くなる。友井はボロボロと泣き出した。
「わかってる、わかってんだよ。でも、もう限界だった。秀馬が高萩と何かあってから、チャンスだと思ってしまったんだ。今ならいけるかもしれないって……」
「種目違うけど、同じスポーツマンとして言わせてもらうけどな。そんな細工をして走ったって試合じゃ通用しない。お前は出ている選手全員のメンタル潰すのか?」
一千翔の正論に、友井は机にうつ伏せになる。
「……ごめんなさい」
消え入るような声だった。
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