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秀馬と同じ一組でバスケ部の高萩一千翔。秀馬は陸上部なので同じ部活ではないが、外練で何回か見かけたことはある。一千翔はとにかくかわいくて有名だ。くりっとした二重にスッと通った鼻、中性的な顔立ちで肌は綺麗。
だが、正体がバレてしまった以上、無視するわけにはいかない。冷や汗をかきながら振り返れば、ライトオレンジヘアに黒柴犬の耳をつけた一千翔がいた。服装は園内に売られている黒柴犬のキャラクターの顔が全面プリントされているシャツを着ている。下はラフなジーパンに、靴は白いバッシュを履いていた。
「もしかして……岸くんもぬいぐるみが好きなの?」
最悪! 高萩に見られてた!!
秀馬は頭の中が真っ白になり、何も答えることができない。言葉を濁していれば、黙り込んでしまった秀馬を助けようと優李が会話に入ってくる。
「あー私のよ、私。ごめんねー落としたのを拾ってもらったのよー」
一千翔は不思議そうに優李と秀馬の顔を見比べている。優李は父親似で、秀馬は母親似。姉弟と言われれば、納得されるがそっくりではない。
「ありがとうね、じゃっ!」
一千翔の疑う目線を感じ取ったのか、優李は一千翔に姉弟とバレる前に人混みに紛れてレジに向かった。姉弟でディスティニーワールドに来ていると、バレたくなかった秀馬は内心ほっとしていた。学生にとって、ちょっとした話題が命取りになる。そうして、からかいがいじめに発展していく現場を何度も見てきた。
その場には秀馬と一千翔が残され、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。同じクラスとはいえ、元々接点がなかった二人だ。共通の話題が出て来ない。
「あ、えっと……「なんだ、ぬいぐるみが好きじゃないんだ」
「えっ?」
一千翔のガックリした落ち込みように、秀馬は目が離せなかった。まるで、大切な仲間を失ったような悲しい表情にも引っかかり、秀馬は一千翔が言った言葉を思い出す。
――『もしかして、岸くんもぬいぐるみが好きなの?』
『も』ってことは高萩もぬいぐるみが好きなんだろうか?
それでも秀馬は言い出せない。もし違ったらと思うと声をかけることはできなかった。
「あのさ、僕がぬいぐるみを買ってたことクラスのみんなに言わないでね。絶対」
一千翔は手に持っていたカゴを背中に隠す。カゴの中にはお菓子のお土産の箱や缶に混じって、秀馬が探していたコーラルのぬいぐるみキーホルダーが見えた。そして、一千翔の顔は羞恥で赤くなっている。
ぬいぐるみが好きなことは隠したくて隠しているわけじゃない。男がぬいぐるみを持つことに対して肯定的な人がいることも知っているし、芸能人でもぬいぐるみが好きだと公言してる人もいる。ただ、秀馬は何も持たない一般人。
大声で言えない空気も知っている。だけど、もうすぐクラス替えをするし、また同じクラスになる可能性は低いからリスクを負う必要はない。
何も言わない秀馬に背を向けて立ち去ろうとした一千翔に「高萩くん」と勇気を振り絞って声をかけた。
「言わないから」
それが今の秀馬にとって精一杯の答えだった。真っ直ぐ一千翔の目を見据えて嘘偽り無く秀馬は言い切った。
「ありがとう」
一千翔は優しく微笑み、秀馬に笑いかける。その優しい笑顔は、ぬいぐるみが好きなことを隠していることに対して罪悪感を生むほどだった。秀馬は人混みに消えていく一千翔を目線で追っていた。
それと同時に罪悪感と同性で同じ価値観を持つ一千翔と出会い、興奮で胸が高まっていた。
その後、秀馬はSNSで連絡を取り合い優李と合流した。
「大丈夫? うまくごまかせた?」
心配そうに優李は秀馬に近づく。
「大丈夫だった」
脳裏に一千翔の切ない笑顔を思い浮かべながら秀馬は苦笑いをした。
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