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3体目 まだ捨てないのか
「ただいまー」
秀馬が陸上部での活動が終わり帰宅すれば、珍しく父が先に帰宅していた。嫌な予感を感じつつ、玄関で靴を脱ぎ捨てリビングに行く。
「おかえり」
母はキッチンで夕食を作り、父はソファーに座ってテレビを見ていた。
「ご飯、もうすぐできるから」
母が秀馬に向かって笑いかける。秀馬は「わかった」と自分の部屋がある二階に行こうとした。父から小言を言われる前に行こうとすれば、案の定、呼び止められる。
「なに?」
無視をすると機嫌を損ねるからめんどくさい。あとでグチグチ言われるのが目に見えている。だから、渋々秀馬は返事をした。
「まだ、ぬいぐるみを捨てないのか?」
「……」
父の顔は依然、険しかった。秀馬がぬいぐるみを持っていることが許せない父は追い打ちをかけてくる。
「もう高校生だろ。小学生ならまだしも一緒に寝るなどありえない」
母が使う包丁の音が大きくなる。父との会話を妨害しようとしているのだろうか。それでも父は頑固に秀馬が返事をするまで細い目で強く睨みつけてくる。
「……別に汚れてないし捨てる必要ないだろ」
秀馬は俯きながら答え、父に背を向けた。理論的に言わなければ、父は秀馬の意見を認めようとしなかった。ただ、好き、という感情だけでは何も変わらない。
秀馬は逃げるように風呂場がある洗面所に移動した。秀馬はポケットに入れたスマホを取り出す。ネットを見れば大人になってもぬいぐるみが好きな人はいる。声を上げないだけで普通だ。
「俺は、異常じゃない」
そう強く自分に言い聞かせたものの、まだ心は不安定だった。今すぐカメのコーラルを抱き締めたい。抱きしめようとして、秀馬は手を伸ばすことをやめた。汗と土で汚れた手で触りたくなかったからだ。
シャワーで汚れを洗い流し素早く身体を洗い、数十分で風呂場を出た。洗面所で髪の毛をドライヤーで乾かしていれば姉の優李が帰ってくる。
洗面所で手を洗おうとした優李に場所を空けると、優李は秀馬の顔をジッと見つめてくる。
「なに?」
秀馬が鬱陶しそうに睨み付けると優李はひるまずに「何かあった?」と聞いてきた。鋭い姉の観察眼に臆しそうになる。
「なにも」
いいよな、ねーちゃんは女だからぬいぐるみ持っていても何も言われなくて。
優李を妬んでも何も変わらない。だが、恨まずにはいられなかった。優李の部屋にはたくさんのぬいぐるみが存在している。それなのに父は何も言わない。父の存在が秀馬にとってストレスだった。
髪の毛を乾かし終わり、家族全員で晩ご飯を食べる。父と話したくない秀馬はスマホを近くに置き、イヤホンをしながら動画を見ていた。
十分ほどで食べ終わり秀馬は自分の部屋に戻る。コーラルがベッドから笑顔で秀馬を迎えた。コーラルの笑顔に癒やされ、秀馬もつられて笑顔になる。
「コーラルと離れるなんて想像できないや」
秀馬は優しくコーラルを抱き締める。そのままベッドに倒れ込むように横になった。目を閉じれば、思い出すのは父の言葉――『もう、高校生だろ、小学生ならまだしも一緒に寝るなどありえない』。
「うるさい」
口に出せば脳裏に浮かんだ父の顔は消える。だが、父が発した言葉は強く秀馬の心に残っていた。
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