4体目 行きたくない遠足

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 秀馬は遠足の集合場所まで友井と一緒に電車で移動していた。席に座って話していれば、一千翔が同じ車両に乗ってくる。 「あ、おはよう」  一千翔の軽くパーマを当てているような、ふわっとしたオレンジヘアが揺れた。友井が自然に挨拶をし、秀馬は友井から一歩遅れて挨拶をする。 「最近、秀馬変だよな。動きが鈍いっつーか」  遅れて挨拶をした秀馬に友井が不思議そうに首を傾げた。 「き、気のせいだし……」  ごまかすように秀馬は笑う。ただ、胸が痛かった。 「まぁ、人見知りだしな……って言ってもあれじゃん。去年、高萩と同クラだったけど話さなかったっけ?」  友井は一千翔の話題を掘り下げる。秀馬は笑顔を引き攣らせながら返事をした。 「まぁ、部活の友達といる方が長かったし……ね」  秀馬の隣に座った一千翔は無言の圧力で秀馬に話しかけてくる。秀馬はニコニコと営業スマイルを貼り付けた。 「そうそう」  一千翔は相づちを打つ。秀馬は下手に口を滑らさないことで必死だった。  班のメンバーと合流し、遠足で指定された街中を散策する。お昼は多数決でラーメンになり、何もなく食べ終わる。先生が待機しているチェックポイントを通過し、軽く大学を見学した後カヤックの時間がきてしまった。  秀馬と一千翔はこの時点で必要最低限の会話しかしていない。 「なぁ、岸くんはカヤック乗ったことがあるの?」  不意に一千翔から声をかけられて秀馬はまぬけな声を出した。 「へ?」 「だーかーらー、岸くんはカヤックに乗ったことあるの? って。ほら、女子達が中学の修学旅行で乗ったって言ってたからどうなのかなーって?」  チラリと横目で一千翔が見ると、女子達がキャッキャッと騒いでいた。内心まだドキドキしている。ただの会話なのに、変に意識をしてしまう。 「あるよ。今回で二回目」  秀馬は女子達と同じ中学校だった。そのためカヤック経験者である。 「あ、よかった……」  一千翔は安心したように息を深く吐いた。 「なんで?」  秀馬はなぜ一千翔が安心しているのかわからない。 「別になんだっていいだろ。っていうか、今ので察して」 「言ってもらわなくちゃ困る」  秀馬は言ってもらわないと理解できない。昔から母や特に姉から命令されるように会話をしていたため、相手の気持ちを察することが昔から苦手だった。 「ほんと鈍いやつだな」  一千翔は秀馬の背中を押して誤魔化すようにカヤックが並ぶ波打ち際まで移動した。スタッフから救命胴衣を渡され秀馬はつける。 「ほら、さっさと乗るぞ?」 「あ、ちょっと待って。ちゃんと紐結んでないってば……」  一千翔から強引に押される。秀馬はカヤックに乗り込んだ。後ろからスタッフがカヤックを押し、秀馬と一千翔が乗ったカヤックは湖へと入水した。  二人はカヤックに乗り、オールを漕ぎ始める。バチャバチャと湖の水が跳ね、着ている服の袖を濡らした。 「あ、鯉がいるー!」  クラスメイトの誰かが叫んだ。秀馬と一千翔はその言葉に反応して、同時に身を乗り出した。重心が崩れ、バランスを崩したカヤックが大きく傾く。 「え?」  ぐらり、と身体が揺れ水面が近づく。 「あ、ばかっ! バランス崩れる!!」  一千翔は秀馬の肩をつかみ、引っ張り上げた。秀馬は一千翔の上に寝転がる。ぐらぐらとカヤックは不安定な動きを続けていた。それはまるで、秀馬が一千翔と話す際に生じる心のようだ。だが、そう簡単に崩したバランスは取り戻せない。  カヤックが綺麗にクルンとひっくり返る。救命胴衣が秀馬を水上へと引っ張り上げ、秀馬は「ぷはっ!」と大きく口を開けて顔を出した。幼稚園の頃からスイミングスクールに通っていたため、水泳は得意だった。  湖にいる鯉どころじゃなくなり、ひっくり返ったカヤックにしがみつく。 「はぁ、はぁ、はぁ、……まさかひっくり返るなんて……」  一千翔もカヤックに掴まっているだろうと辺りを見渡すが、姿が見えない。他のクラスメイトも最初は笑っていたが、一千翔の姿が見えないと騒ぎ出す。  まさか……!  秀馬は再び池の中に潜り、目を開けて一千翔の姿を探した。だが、着ている救命胴衣が邪魔をして上手く湖の中に沈めない。秀馬は救命胴衣を脱ぎ捨てると、再び湖の中へと潜り込んだ。  同行していたインストラクターが叫ぶ声が聞こえたが、秀馬はそれどころではなかった。少し濁り気のある湖の視界は最悪だ。手のひらを使い水を掻き分けて一千翔の姿を探す。  それでも、一千翔の姿は見当たらない。もう一度、水面に出たが一千翔は浮上していなかった。 「消えた……んなわけねーだろ!」  秀馬は見落としていたかもしれない、と再び潜る。すると、さっきまで見えなかったものが見えた気がした。確認のために目を瞑り、もう一度目を開ける。カヤックの下に一千翔の足が見えた。  一千翔はカヤックがひっくり返った時に、カヤックの横へ出ることができず、乗るところに浮上してしまった。一千翔は何とかして脱出しようとしているのか、バタバタと手足を動かしている。一千翔の行方を阻むかのように、カヤックが邪魔をしてできなかった。  秀馬はもがく一千翔に近づき、力づくでカヤックを手で押し上げひっくり返した。  障害が無くなった一千翔は浮上し、秀馬もバタ足をしてその後を追う。カヤックにしがみついて素早く乗り込めば、一千翔が手を伸ばしてきた。 「岸……ありがと……死ぬかと思った……」  一千翔を引っ張り上げれば、スーッと友井が乗ったカヤックが近づいてきた。 「おい、秀馬なにやってんだよ。びびらせるな」 「だってさ、友井ー! 誰かが鯉見たって言うから「だからって同じ方向見たらひっくり返るに決まっているだろ」 「あ、鯉!」  友井が湖の影に向かって指を指す。すると、また同時に同じ方向を見た二人。カヤックがまた大きく揺れる。 「ちょっと! 揺れすぎだから! また落ちるから!」 「大丈夫、大丈夫。これぐらいなら……うわっと!!」  またカヤックがひっくり返った。 「嘘だろ、俺、救命胴衣まだつけてないっつの……!」  秀馬は久しぶりに泳いで疲れていた。救命胴衣に頼れない今、泳ぐしかない。何もせず、浮上することはできることを秀馬は忘れていた。 「あははっ、俺にしがみつけば?」  一千翔は手を広げて秀馬を呼ぶ。秀馬は周りの目を気にしつつ、一千翔の身体を掴む。すると、友井が秀馬の脱ぎ捨てた救命胴衣を投げてきた。秀馬の頭に当たった救命胴衣は一千翔の手に渡る。 「はい」 「ありがと」  秀馬は一千翔から救命胴衣を受け取り、ビート板のように腕で身体を支えた。  何とかカヤックに再び乗り、ボート乗り場に戻れば先生にこっぴどく叱られた。それでも秀馬は一千翔と自然と話せたことが嬉しくて説教など入っていなかった。  下着の替えを持ってきていなかった二人は近くのコンビニへ行き下着を買って着替える。秀馬は友井が着ていたセーターと中に穿いていた体操服の短パンを借りた。制服は絞ってみたが、濡れていて着ていれば風邪を引きそうだった。 「家に帰ったらかーちゃん怒りそうだなー……」 「あ、わかる。俺も怒られるわ」  秀馬は袋を持っていないので、濡れたまま鞄の中にしまった。  一千翔は同じバスケ部の子からベストとバスパン(バスケ用のスポーツ短パン)を借りて穿く。見慣れない光景に秀馬はドキッとした。一千翔の足は秀馬と違い色白で細い。バスパンは大きくダボッとしているせいか、一千翔の細い足がより目立った。 「見過ぎ」  一千翔にピンとおでこをデコピンされ、秀馬は赤くなったおでこを触る。まるで熱がでたかのように頬が赤くなっていた。
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