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寝不足の頭の中、職場である青葉高校へと向かう。
誰も私に何も言ってこない。
もしあの子が誰かに言っていたりでもしたら、すぐにでも拡散しそうなのに。
ビクビクしながら職員室へと入っても、誰も何も言わない。
ホッとして授業の用意をする。
「荻野先生、寝不足?」
向かいに座っている雄一が心配そうに聞いてくる。
「少し」と曖昧に答える。
やり取りを聞き咎めたのか、斜め前に座っている前田先生が会話に無理矢理口を挟んでくる。
「荻野先生、昨日はお休みでしたでしょう?それなのに寝不足だなんてたるんでるんではないかしら?」
「はい、すみません」
自分が夫に相手にされないからって、八つ当たりしてこないで欲しい。
しかも私の方が若くて人気もあるからって妬んでるのよね。ほんと、面倒くさい。
雄一は苦笑している。
「ヘラヘラしていますが、木場先生も節度を守ってください。いくら二人が結婚すると決まっていて生徒も知っているとはいえ、あなた方は教師なんです。生徒の見本となるように」
また始まったよ、面倒くさいな。
年長者だからって押し付けてきて。
結婚できないのは自分のせいだっていうのに。
時計をチラリと見ると、見計らったようにチャイムが鳴る。
「それでは、俺は一限目があるんで」
「私も」
さっさと資料を持って席を立つ。
前田先生は慌てて準備を始める。
私達何かに構ってるから慌てるハメになるのよ。
「で、本当に大丈夫なのか、琴?」
二人っきりになると雄一はいつも名前で呼んでくれる。
その声も今は胸が痛い。
「大丈夫よ、少しDVD見すぎたみたい」
「そうか。来週の式場の下見、楽しみだな」
「ええ」
雄一は私の嘘を簡単に信じてくれた。
そういう優しい所も正人とは全然違う。
この幸せを壊す訳には行かない。
あの子には必ず口止めをしないと。
教科書を持っていた手に思わず力が入って、少しひしゃげてしまった。。
あの子が居る1−Cの授業は四時間目にあった。
けど、何事も無かったかのように真面目に授業を受けている。
教科書を読みながら視線を送ってみるが、全く反応がない。
やっぱり昨日目があったのは気の所為だったのかもしれない。
でも違うかもしれない。
確かめる為、授業の終わりにノートを集めて持ってくるように頼んだ。
不自然じゃないわよね。
元から誰かに集めてもらおうとは思っていたし。
ドキドキしながら準備室で待っていると、大量のノートを抱えて入ってくる。
「集めてきました」
「ありがとう」
「それでは、失礼します」
不自然な程目を向けない。
一体どっち?
分かってるの、分かってないの?
「待って、ちょっと話があるの。ここに座ってもらえる?」
慌てて引き止めると、一瞬迷ったような素振りを見せたが、神志名君は素直に椅子に座った。
「クラスには慣れた?」
少し驚いたように目を見開く。
担任じゃないのに、不自然だったかな?
早口でまくしたてるように言う。
「転入生の事は一年生全員の担任で共有しているから、当然あなたの事も知っているわ」
昨日から考えていた言い訳をすると、ホッとしたように息をついた。
「そうなんですね」
良かった。
疑問には思っていないみたい。
「困っている事はない?」
「特にないです」
「そ、そう」
他に会話の糸口が全くない。
神志名君も困惑しているようだ。
昨日いっぱい考えたのに、いざ目の前にすると全部忘れてしまっていた。
そもそも不自然だったかもしれない。
それにしても、女子が騒ぐだけあって綺麗な顔をしているわね。
なんて言うんだっけ、黄金比?
テレビに出てくるアイドル並みにカッコいい。
ハーフみたいな栗色の髪に赤みがかったアンバーな瞳が余計に神秘的に見える。
これで髪の毛を染めたりもしていないっていうんだから、本当に恵まれてるわよね。
右目の下にある小さなほくろが、十代にも関わらず色気を増している。
私も10歳若かったら夢中になったかもしれない。
ファンクラブが出来たっていうのも納得しちゃうわ。
それに、こんな綺麗な顔をしているんだから、絶対彼女だっていっぱい居るだろう。
やっぱり昨日は女の子と遊んでいたのかもしれない。
それだったら好都合だわ。
そのように話を持っていけば……
「……」
「何?」
考えをまとめていたら、神志名君が何かを言ったみたいで慌てて問い返す。
「あの、僕言いませんから」
「え?」
「昨日、荻野先生が木場先生じゃない人とホテルから出てきた事です」
はっきりと言われて、思わず息をのんでしまう。
最初から気づいてたんだ。
それで私の反応を伺っていたのね。
「ち、違うわ。私じゃない」
咄嗟にでてしまった明らかに怪しいというような言い訳にも、無表情な神志名君の態度は変わらなかった。
「そうですか。なら人違いかもしれませんね」
そのまま無言になってしまう。
どうしよう、失敗したわ。
これじゃあ私が悪いと知っていて、嘘をついたみたいになっちゃってるじゃない。
正直に言ってから口止めすれば良かった。
まだ、遅くないわよね。
私は深呼吸をしてから正直に言う。
「ごめん。嘘ついたわ。でも、あれは一回きりの出来心なの。先生だって、たまには間違えたりするし」
自分でも何を言ってるかなんて分からないし、神志名君が反応しない。
本当に聞いてる?
他人事じゃないのよ。
私はこれがバレたら本当に困るのよ。
もう式場だって予約してるの。
半年前から準備だってしているのよ。
たった一度の間違いなんて誰にだってあるでしょう?
何で子供相手にこんな必死になって言い訳しなきゃいけないのよ。
無反応な神志名君にだんだん腹が立ってくる。
「そうよ。な、何か困ってる事とかない?ある程度だったら先生が叶えてあげるわよ。成績の事だって融通できるし、お金だって」
「いらないです。僕、誰にも言いませんから」
「本当?」
「はい」
「約束よ」
「はい」
とりあえず言質はとったわ。
「僕、お腹が空いたのでもう行ってもいいですか?」
気づけば昼休みも半分は過ぎていた。
長い時間引き止めてしまっていたみたい。
「ええ、ええ、呼び止めてごめんなさい」
神志名君は振り返りもせずに準備室から出て行った。
大丈夫よね。
あれだけ念押ししたのだもの。
絶対にバレないわよね。
何も要求をしてこなかったのが不安といえば不安だけど。
忘れましょう。
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