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私は晴れやかな気分で四時間目の授業を終え、持ってきたお弁当を食べる。
雄一はまだ職員室に戻ってきていない。
授業の片付けが長引いているのか女子生徒に引き留められているのだろうか?
人気者って大変ね。
昨夜は久しぶりにぐっすりと寝る事が出来た。
職員会議の時に名案を考え付き、昨日の放課後に実行したのだ。
おかげで昨日は久しぶりに良く眠れた。
幸せを迎えるべき花嫁が寝不足だなんて、結婚に満足してないと疑われちゃうわ。
それに雄一は人気もあるし、誰かに誘惑されないともいえない。
もっと魅力を高めて、私から離れなくさせないと。
土曜日は雄一の両親に会いに行くから、明日は学校が終わったら私の家に泊まってもらおうかしら。
せっかく誘おうとしてくれたのに、一昨日は断っちゃったし。
今日は早く終わったらいい食材でも買いに行こうかしら。雄一はビーフシチューが好きだから、今日の夜に作っておいておいてもいいかもしれない。
浮かれた気分を察したのか、斜め前に座っている前田が睨んできたが無視する。
また地味弁だよ。
こういう女にはなりたくないわ。
「失礼します」
食べ終わると同時に神志名君の声がした。
ちょうどいいタイミングね。
やっぱり私はついている。
彼は私を見つけると、困ったような顔をしながら私の机まで来る。
「荻野先生、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「何?授業で分からない事でもあったかしら?」
にこやかに笑う私とは反対に神志名君は何故か浮かない顔をしている。
そんな顔も憂いを帯びていて素敵かもしれないけどダメよ、琴。
私には雄一という素晴らしい結婚相手が居るのだから。
「ここでは、ちょっと……」
「じゃあ準備室でいい?」
神志名君はコクンと頷くと、私の後を従順についてきた。
廊下に居た女子達が騒いでいるが無視をする。
誰かが入ってきて告げ口でもされると嫌だから、厳重に鍵を閉めると、席をすすめる。
神志名君は素直に座った。
「何か飲む?」
「いえ」
「遠慮なんかしなくていいのよ」
「すぐに教室に戻るんで」
「そう」
私が椅子に座ると、神志名君は制服のポケットから一つの包み紙を出す。
それを目にした私の顔は一気に青ざめる。
「これ、荻野先生が入れたんですよね。……必要ないので返します」
ラッピングされたまま突き返されたのは、私が昨日の放課後に神志名君の机の中に入れたブランド物の財布だ。
お金的にちょっとキツかったけど、私の幸せの為の投資だもの。
ここでケチってしまったらマズイと思って奮発して買ったのに、まさか突き返されるとは思わなかった。
「えっと、気に入らなかった?」
「……そうではありませんけど」
明らかに迷惑そうな顔に私の頭は混乱して思わず立ち上がってしまう。
そして机の上に置いたままになっていた神志名君の手を両手で握る。
神志名君は戸惑ったように腕を引こうとするが、力づくで止める。
「も、もしかして別のブランドが好きだった?高校生の好きなものって良く分からなくて。気に入らないんだったら他の物を用意するわよ。もしかしてお金の方が良かった?これブランド物だし、レシートもあるから返品してお金にして好きな物を買ってもいいわよ」
「いりません」
小さく首を振られる。
なんで、なんで分かってくれないの。
貴方は頷くだけでいいのよ。
こんな高価なもの高校生のお小遣いじゃ絶対に買えないでしょ?
「高校生が遠慮なんてしなくていいのよ。それにこれは私の気持ちなの。ぜひ、神志名君に使ってもらいたいの」
一気に捲し立てるが、神志名君の表情は変わらない。
逆に手を引き剥がされてしまう。
こんな状況なのに、彼の手は暖かく、作り物ではないんだと感心してしまった。
「別に何も必要ありません。こんな事しなくても、僕は誰にも話しませんから」
でも、言われている言葉はこんなにも冷たい。
「とりあえず、返しましたから。失礼します」
「待って」
引き留めた私の言葉なんて聞かずに神志名君は準備室から逃げるように出ていってしまう。
遠ざかっていく足音を聞きながら私は頭を抱える。
何よ、何が駄目だったの?
せっかく喜ぶと思って買ってあげたのに。
ひどいわ、人の好意を無下にして。
要らなくても返す事ないじゃない。
黙って持っているだけでいいのよ。
それだけで私は安心したのに。
これだから人の気持ちの分からない子供って嫌なのよ。
全く思い通りにならない。
一体何を上げれば彼は喋らないでいてくれるっていうのよ。
私は昼休みが終わるチャイムが鳴るまで、動く事が出来なかった。
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