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「待っていたわ」
私は俯いている神志名君に向かってニコリと笑った。
ふてくされているのか、ポケットに手を入れているという態度の悪い感じも何故か似合っている。
本当にいい男。
放課後、わざと同じクラスの生徒に頼んでいつもの準備室に呼んでもらった。
直接呼び出すには神志名君は目立ち過ぎるから。
彼は逆らう事なんて出来ない。
だって。私は先生で彼は生徒なのだから。
「荻野先生。僕、昨日も言いましたけど、日曜日に見た事は誰にも言いません。だから、もうこんな風に呼び出さないでください」
勇気を振り絞ったのだろうか、唇が少し震えている。
私がこのような顔をさせていると思うと、申し訳なさと同時に優越感が湧き上がる。
「そうね。貴方を信じられなくて申し訳なく思うわ」
「……どうしたら、信じてもらえるんですか?」
ああ、そんな縋るように見ないで。
私が導いてあげる。
「ねえ、この部屋ちょっと暑くない?」
いきなり話題を変えたからか、神志名君は首を傾けた。
私はブラウスのボタンを上から一つずつ外していく。
女の体なんてネットでしか見た事ないでしょ?
彼女だっていないみたいだし。
こういう事に興味ある年頃でしょ?
この準備室は人も滅多に来ないから、少しくらい大声をだしたって構わないのよ。
それに、まだ生徒が居る校内でするのって興奮するでしょ?
「せ、先生。ちゃんと服を着てください」
神志名君は下を向いて私を視界に入れないようにしているが、顔が真っ赤になっているのが分かる。
興味ない訳ないわよね。
本当に可愛い。
私はクスリと笑ってから全てのボタンを外したブラウスを床に落とす。
微かな音にも肩を震わせている。
大丈夫よ、私の体をよく見ていいのよ。
クラスの女の子と全然違うでしょう?
これが女の体なのよ。
それにこのピンクのレースがついたブラジャーだって雄一のお気に入りなのよ。
これを着た時は興奮して大変だったわ。
遠慮なんかしなくていいのに、頑なに動く気配がない。
緊張しているのかしら?
初めてなら仕方ないわね。
ここは大人である私がリードしてあげないと。
私はわざと後ろを向いて、長い髪を両手で支えて見せつける。
「ねえ、ブラジャー外してくれない?苦しくて仕方ないの」
ほら、触る口実を作ってあげたわ。
後は触れるだけでいいのよ。
私が全てを教えてあげる。
その時、けたたましいブザー音が鳴り響いた。
ビーっという機械的な音が部屋の外にまで聞こえる程の大音量で。
「え、な、何?」
思わず振り返り神志名君を見ると、彼は右手に持っていた紐を床に放り投げていた。
その左手に持ったものからブザー音は鳴り続けている。
防犯ブザー!?
気づいたと同時にドアが凄い勢いでドンドンと叩かれる。
「どうした、何があった!!」
ドアの向こう側の声で我にかえる。
このままじゃマズイ!
「待って!」
私の静止なんて聞く前に神志名君は準備室の鍵を開けて、飛び込んできた男子生徒にすがりつく。
「柊っ」
その名前に廊下で見た冷たい瞳を思い出す。
何でこんな所に居るの?
神志名君は縋りついたまま、震える指は無情にも私を指差した。
「荻野先生?」
「ち、違うの、これは」
部屋の前の廊下が騒がしくなる。
開けっ放しのドア、鳴り響き続ける防犯ブザーに気がついたのかどんどん人が集まってくる気配がする。
早く、何とかしないと。
「どうした、何かあったのか!」
息をきらせながらやってきた雄一が私を見て目を見開く。
「……琴」
「雄一、違うの」
「早く服を着ろ!!」
怒鳴るように言われ、震えてうまく動かない手で床に落ちたブラウスを拾う。
違う、違うの。
焦って上手くいかない。
雄一は床に落ちていた紐を拾って、防犯ベルのブザーを止めた。
だけど、もう今更だろう。
一番見られてほしくない人に見られてしまった。
ちゃんと言い分を聞いて欲しい。
けど、なんて言えばいいの?
私が神志名君をこの部屋に呼んだ事は他の生徒も知っている。
調べられたらすぐに分かってしまう。
クビ……
最悪の二文字が頭に浮かぶ。
た、助けてくれるわよね。
雄一だったら信じてくれるわよね?
漸く私の方を見た雄一は私の希望を打ち砕くような、軽蔑したような瞳をしていた。
「お前、こんな所に生徒を連れ込んで、何をしてたんだ。まさか怯える生徒に無理矢理」
「違う、違うわ」
「何が違うんだ、こんなに震えているじゃないか」
神志名君は俯いたまま何も言わない。
何で何も言ってくれないのよ!
私を誘ったって言いなさいよ!
「木場先生。とりあえずここから荻野先生を連れていってもらえませんか?そうしないと、美月が」
「ああ、そうだな。早く来い」
まだブラウスのボタンが止め終わっていないのに雄一は私の腕を無理矢理掴んで、部屋から出させる。
ブザーの音に集まった生徒達が連行されていく私を見つめる。
いやっ、見ないで、見ないで!
暴れようとしても腕が振り解ける事はなかった。
むしろその様子も生徒たちは楽しそうに見て、クスクスと笑っている。
何で何でこうなるのよ。
職員室に連れていかれる。
それが私には破滅へと向かう扉に見えた。
何で?
私はただ幸せになりたかっただけなのに。
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