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私はプロデューサーの用意した高級マンションに一人閉じこもっていた。
孤独だったが、快適な生活だった。
食料は宅配で玄関において貰った。
誰にも会いたくなかったから。
誰に見られる事もなく、気を使う事もなかった。
何日か経つと茜からも「ごめん、冷静じゃなかった」というメールが来た。
そして、あの時ルナの人気に嫉妬していて自分でも何を言っているのか分からなかったと。決してルナの事を憎いから言った訳ではない。と。でも、もうルナと一緒に活動するのは怖いと。
私も冷静になって異常だと感じた。
元から周りに人気があったけど、ここまで人に執着されたり憎まれたりされた事なんてなかった。
きっと元からその素養はあったんだと思う。
そして大勢の人に見られ磨かれその天災とも言えるものが花開いたのだと思う。
地元から出てきたのは間違いだったんだ。
閉じこもったまま、最後のライブが決まった。
プロデューサーがやってきて素っ気なく告げた言葉に私はホッとした。
茜や未菜に憎まれ続けるのに疲れていた所だった。
新しくフィンカは五人体制として活動していく事にも決まり、私にとっては最後のライブとなる。
新しい三人もレッスン場では見たこともあり、二人は先輩としてしっかりと三人を指導していて、昔の自分を見ているようで少し羨ましかった。
でも、もう芸能界には未練がなかった。
磨いたダンスの技術はもったいないと思ったけど。
ほとぼりが冷めたら顔はもちろん隠すからバックダンサーとして雇ってもらえないか冗談めかしていうと、気の強かった茜に泣かれてしまった。
ごめんね。
誰よりも真面目にレッスンしてたの知ってたのに、って。
プロデューサーも神妙に頷いてくれた。
そして、最後のライブが始まった。
思えば短い活動期間だった。
一年ぐらいしか経っていなかった。
それでも凄い長く感じた。
私の出番は最後の五曲だ。
まずは新生フィンカとして五人でパフォーマンスをする。
元からテレビで告知をしていたので、五人での体制はあっさりと受け入れられた。
10曲パフォーマンスが終わって、五人がはける。
そして茜と未菜は衣装をチェンジして、いよいよ私の出番となった。
私が出ると一気に会場の熱が盛り上がった事が分かった。
懐かしくもある焼くような視線が突き刺さる。
そして三曲続けてパフォーマンスをする。
何回も繰り返し踊ったもので、体に染み付いている。
途中辛くなった事もあったが、これで最後だと思うと新鮮な気持ちで踊る事が出来た。
曲が終わると茜が話し始める。
「今日は皆さんに重大な発表があります」
会場は何を言われるのか察しているのか、静まりかえった。
そこで私に目配せをする。
私は一呼吸を置いて話そうとした瞬間、
「ルナちゃーーーん!」
という場違いに大きな声が聞こえてきた。
明るすぎる声は、私を不安にさせた。
寮に侵入してきた人物と同じ明るさだったからだ。
会場中の目が一人の男に集まっている事がわかる。
私も思わず目を向けてしまう。
声を出したのは、どこにでも居る普通の男だった。
年齢は30代くらい。
中肉中背で特徴もなく、多分周りが注目していなかったら擦れ違ってもすぐに忘れるような印象だった。
周りは迷惑そうに男の事を見ている。
その男と目が会った。
目が合った瞬間男はニヤッと笑って、服の中からナイフを取り出した。
「キャアアア」
「何であんな物持ち込んでるんだ!」
周りが距離をとり離れようとするが、後ろの方は何が起こっているか分からない上に、混雑していて動く事は出来なかった。
陰にいるスタッフが慌てて客席に降りようとする。
どうやって持ち込んだのだろう?
違う、見ちゃいけない。
分かっているのに目が離せなかった。
「ルナちゃーーん!ちゃんと見ててね!!」
男は明るく言ってから自分の首にナイフを当て、かききった。
赤い鮮血が勢いよく吹き出し、ライトに当たって光って落ちた。
一瞬の静寂のあと、男の体は傾き後ろに倒れ込んだ。
止まっていた時が動き出したかのようにパニックになった。
「逃げろっ」
「出せ!」
私はその光景を呆然と眺める事しかできなかった。
いつの間にかスタッフが私の腕を掴んでステージの端へと追いやった。
会場中はパニックだった。
叫び声や怒声で溢れている。
これが最後なの?
私がしてきた事が一瞬で無駄だと思い知らされた。
「あんたのせいよ」
怒りの形相で叫んだのは今日から入った新しいフィンカのメンバーだろう。
「最後のライブとか言ってないでさっさと消えれば良かったのよ!」
「アミちゃん」
「茜先輩だってあんたのせいで迷惑してたのよ。みんなあんたのせいでオカシクなった」
「ルナのせいじゃないでしょ、あんな頭オカシイ事してくる奴が居るなんて思わないじゃない」
「未菜先輩だって思ってるでしょ、ルナ先輩が居なければ良かったのにって」
その言葉に未菜の口が引き結ばれたのが分かった。
みんな、そう思ってたんだ。
「今日は私のデビューの日だったっていうのに、何でこんな事になるのよ。こんな最悪なデビュー」
アミと呼ばれた子はそのまま泣き崩れてしまった。
私に声をかけてくる人は居なかった。
遠巻きに、不気味な物を見るように見てくる。
悟った。
みんなそう思ってたんだって。
私はその視線に耐えられずそのまま逃げ出した。
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