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そのままフラフラと歩いていた。
遠巻きに見られている事は分かっている。
着替える間もなく飛び出したから目立つ。
興奮して熱くなった体が一気に冷えた事が分かった。
気に入っていたデビュー当時の衣装。
これを初めて着た時には嬉しくて嬉しくて三人で飛び跳ねた。
それから大分遠い所へ来てしまった。
私は会場から出る前に掴んで持ってきていた誰かのコートを羽織った。
人目を避けるようにどんどん人の少ない方へと向かっていく。
橋の欄干から身を乗り出してみる。
このまま私が死んだらみんな幸せになるんだろうか?
素足で立ってみる。
そろりと一歩を踏み出す。
レッスンのおかげで体幹はバッチリと鍛えられてふらつく事もない。
でも、川の方に突風でも吹いたらこのまま落ちて死んでしまう。
もしくは、地面に何事もなく降り立つのか。
どっちでも良かった。
誰も私の事なんか必要としないのだから。
「妖精が居る」
ポツリと零された声は、冷やされた空気に乗って私にまで届いてきた。
いつの間に居たのか、一人の男が私をみつめていた。
私はライブ会場で首を切った男を思い出して、咄嗟に逃げようと思ってバランスを崩した。
川に叩きつけられると思った体は、温かい手に掴まれてあっさりと引き戻され、そのまま男の上に倒れこんでしまった。
「いてて」
「何で死なせてくれなかったの?」
思わず男をなじってしまう。
本当は死ぬ気なんてなかった癖に。
「このまま落ちたら君が危ないと思ったから」
男は困ったように言う。
「良いのよ、私が居なくなった方がみんな幸せになれるんだから。それとも貴方も私が欲しい?今だったら誰の物になってもいいわよ」
「うーん、それはちょっと考えさせて。っていうか使っていいのかな?まあ別に独り立ちしたからいいのか」
男は一人言のように言ってから、聞き覚えのない言葉を言い始める。
その言葉は心地よくて、私に絡まった重苦しい何かが解けていく心地よい気がする。
「……何?」
「はい、これで大丈夫。それにしてもこんなに何重にも呪いをかけられるなんて、美女って大変なんだね」
呪い?
そこで私はまだ男の上にのしかかったままだという事に気が付いたが、不思議とまだ降りたくはなかった。
「私重くない?」
「うん、軽いよ?君も随分体が軽くなったでしょ?」
「何で?」
「君に絡まった縁を全て絶ち切ったから」
よく分からない事を言われた。
「君のように人を惹きつける顔をもった人を見たのは久しぶりだよ。しかも君の魂は極上で色々な人が貪ろうとまとわりついていたから、相当苦しかったんじゃないの?」
「うん」
「申し訳ないんだけど、一時的に全部切っちゃったから。必要な物があったなら謝っておく」
「貴方は一体?」
「僕は神志名幸一」
「私の事知ってる?」
「え、何か有名人かなんか?僕の住んでた村ってテレビとかもないし情報に疎いんだよね。そういえば綺麗だよね、君」
綺麗なのは貴方の方よ。
心地良い声に私は久しぶりに心から笑った。
「好き。結婚して」
彼は困ったような顔をして笑った。
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