第一章 爆発オチの密室

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第一章 爆発オチの密室

俺の名前は阿賀田礼一。探偵だ。 といっても、今日ここに来た理由は仕事ではない。同窓会である。 山奥に立地している尾形村は、日本でも有名な豪雪地帯である。バブル期にはスキー旅行客を見込んだ旅館が次々と建てられたが、令和に入った最近ではだいぶ寂れているようだ。 大学時代の旧友である江藤は、この尾形村出身でおり、両親の後を継いで民宿を始めた。今回、俺たちは同窓会ということでここに集まったわけだ。 この古い宿に泊まっているのは俺たちだけで、他に宿泊客はいないようだったが……。 「これは絶対、雪密室の殺人事件が起きる奴ですね」 ……。誰だこいつ? 「大学の旧友! 久しぶりに集まったメンバー! 雪により交通機能はマヒ! 絶対誰か死にますって」 謎の男だった。深緑色のコートを羽織り、赤いネクタイを締めている。何が面白いのか、にやにやと笑ってる。 「なあ、コイツ誰かの知り合いか……?」 俺は傍にいた市村に話しかけた。 「いや、俺は知らんな」 と、同じく同期の牛島。 「ああ、その方は俺のお客さんだよ」 奥の方から、この宿の経営主である江藤が出てきた。さっきまで料理を手伝っていたらしく、両手をタオルで拭いている。 「古物商の方でね。うちの倉庫の美術品を買い取りに来てくださったんだ。名前は……」 「■■■といいます!どうぞよろしく!」 ■■■はぺこりと頭を下げた。……なんだか胡散臭い奴だな。 「じゃ、『お話』の邪魔をしても悪いですし。私は部屋に戻らせてもらいますね」 そう言うと、■■■は廊下をるんるんと歩いて行った。 ……。なんなんだあいつ。だいぶ変わったやつだな。ちなみに、あの人物は今後しばらく出てこないので忘れて良い。 飛んだ横やりが入ってしまったが、俺たちは気を取り直して、久々の再開を喜び合った。メンバーは、俺を含めて全部で五人。この位の人数でなら、話もしやすいというものだ。 今回、江藤が用意してくれた部屋は、和式の広めの部屋だった。大学を卒業してから、それぞれ別の道に歩んだ俺たちは、こうやって会うのは久しぶりである。 小倉は会社員をしながら、作家の兼業をしているらしい。 市村は遠方の地方新聞記者で、あわただしい毎日。 牛島は現在、勤務医をやっている。研修医時代はだいぶやつれた感じだったが、現在は少し身の回りが落ち着いたようだ。 この宿のオーナーである江藤は、スキー宿経営。夏はキャンプ場なんかを運営しているらしい。最も、俺たちはスキーなんかしない。今回、ここに集まったのは……。 「ひさびさにクトゥルフ神話TRPG、するぞー!」 「いあー!!」  何を隠そう、俺たちは大学時代にボードゲームサークルだった。マニアックな知識にマニアックな海外カードゲーム。麻雀にネトゲ、TRPGが俺たちの青春であった。  大学を卒業してから約十年。こうやって、顔を会わせて話すのは本当に久しぶりだ。 「しっかし、本当にクトゥルフ神話になりそうな職業のメンツになったな」  兼業作家の小倉が苦笑した。 「作家に新聞記者、医者にホテルオーナーか」 「で、阿賀田は今なにしてるんだっけ?」  知ってるくせに、市村がわざわざ尋ねてきたので俺は答えてやった。 「探偵だよ」 「探偵だって。やっぱり殺人事件とかを解決するんだろ?」 小倉が茶化すように言うと、医者の牛島は眉をひそめた。 「そんな、小説じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい……」 「探偵って言ったって地味な仕事さ。大体が浮気調査だし、良くて迷子の犬の捜索だって」  俺が説明すると、小倉はなぜか上機嫌だった。 「創作か。創作はいいぞ!」 まだ飲み始めて少しなのに、もう酔いが回っているようだ。 「小説は良いもんだよ! 人の心を揺り動かす何かがある。そう思わないかい?」 「それはまあ、分からんでもないけど」 俺は苦笑しながら答えた。 そんな飲み会の席の中、市村がふと呟いた。 「そういえば江藤。お前がビールを飲まないなんて珍しいな」 学生時代、江藤はすさまじい酒豪だった。そんな彼が、こういう席でアルコールを口にしないのは珍しい。それに、気のせいか口数も少ないようだ。 「ははは……実は今服薬中でさ」 聞くと、彼はどうやら病気を患っていて、その治療の為に服薬しているのだという。 「だから、あんまり酒を飲めないんだよね」 「へえー……大変だなあ」 江藤は笑う。 「ま、お医者さんの言うことをよく聞いてちゃんと直すさ」 「じゃ、そろそろ始めるか!!」  小倉が、分厚いルールブックと、ノートPCを取り出した。さあ、クトゥルフ神話TRPGの始まりである。 「みんな、キャラシは用意したか!」  ノートPCがあるというのに、サイコロとえんぴつとメモ用紙が混在するという、アナログとデジタルが混在したカオスな空間になっている。  GM担当の兼業作家の小倉……じつはクトゥルフの小説も書いているとか……が、音頭を取ると、俺たちは口々に用意をし始めた。 「既にGMがこんなに酔っぱらって大丈夫?」 「セッションは学生時代以来だなぁ」 「キャラシって四枚ぐらい用意すればいい?」 「見てくださいこのINTのきれいな一ゾロ!」 みんな楽しみにしていたのか、和気あいあいと準備を始めたのだが、その中で一人だけ様子がおかしいものがいる。江藤である。 「く、クトゥルフなんか存在するわけがないだろ、常識的に考えて……」 見れば、彼の額からは脂汗が流れているし、何かに怯えるように目をきょろきょろさせている。 「どうしたんだ江藤?」 「クトゥルフなんて、いるわけないだろ! いるわけがないんだ!」 江藤がいきなり叫んだので、俺たちは静まり返ってしまった。 「神話生物なんか……実際にいるはずなんかがない! いるはずがないんだ!」 「お、おい。本当にどうしたんだよ江藤……」 俺が問いかけても、彼はブツブツとつぶやくだけで何も答えなかった。 クトゥルフ神話というのは、まぁ、ぶっちゃけて言ってしまえばただの創作である。「海からわーーー!」と化け物が出てきて、みんなで「きゃーーー!」というタイプの物語だ。  で、それをTRPGの題材にしたのが、クトゥルフ神話TRPGである。 ホラーをうたっているものの、都市伝説や怪談とかなり毛色が違ってくる。怪異である神話生物たちは、基本的に「海からわーーー!」の怪獣なのである。その実在を信じているものは誰もいないだろう。 「大丈夫か? 江藤?」 心配になった牛島が肩に手をかけると、彼は大慌てで首を横に振った。 「だ、大丈夫だ、大丈夫、大丈夫。俺は今日、みんなでセッションするのを楽しみにしていたんだ。だから大丈夫、大丈夫、クトゥルフなんて……」  GM、つまり今回のゲームのまとめ役である小倉は、少し酔いが覚めたようだった。そして、江藤の様子が少し心配になってしまったらしい。こんなネタバレを始めた。 「ちなみに、今回のセッションは『ティンダロスの猟犬』が出て来るけど、大丈夫か?」 「ティンダロスの猟犬⁉」  江藤がほとんど叫んだので、部屋のメンバーは騒然としてしまった。 「奴だ……奴がやってくる! 角は、角は不浄だ! ティンダロスの猟犬が! 助けてくれ!!」 「お、おい、江藤どうしたんだよ本当に……」 市村が声をかけると、江藤は頭を抱えてうずくまった。 「いるんだ、奴らが、部屋の中に、よだれが、うわあああ!!」 そして絶叫すると、部屋から出て行ってしまった。 「……いったい何だったんだよ、本当に」  市村が呆然として呟くと、牛島が重い口を開いた。 「そうか、お前ら知らなかったっけな」 「何かあったのか?」 「アイツ、最近オカルト方面にはちょっと弱いんだよ」 「いや、そんなレベルじゃなかったぞあれは」 市村は呆れながら言う。江藤は、前はあんな奴じゃなかったのに。 「そのせいで、江藤は精神疾患の一種かかっていてな。江藤母親が不審死しているのは知っているだろう?」 「いや、知らないが……」 「そうか。だったら教えてやる」 牛島は胡坐をかいて話し始めた。牛島と江藤と幼馴染で、実家がお隣同士である。だから、彼の最近の様子も良く知っているらしい。 「江藤の父親はな、もともと心臓が弱かったらしいんだが、ここ数年で急激に悪化したらしい。それで、今年の春ごろにポックリ逝っちまったらしいんだが……。その時から、江藤の様子が変わったんだ」 「変わった?」  俺が聞き返した。 「ああ。父親の死にショックを受けたんだろうと最初は思ったんだが、それにしては妙に様子がおかしいと思って、しばらく様子を見ていたんだ。そしたら……」 「そしたら?」 「しばらくして、今度は江藤の母親も亡くなったんだ」  両親を立て続けに失ったのか。それは気の毒な話だ。 「相当ショックだったみたいでさ。それ以来、江藤はすっかり塞ぎ込んでしまったみたいなんだ」 「それは……気の毒だったな」 牛島は腕を組んだ。 「ただでさえ落ち込んでいたところに、父親に続いて母親が死んだんだ。そりゃ精神も不安定になるよ」 「だけど……」 俺は釈然としなかった。確かに、江藤は精神的に脆いところはあったが、そこまで思い詰めるような奴だろうか。もっとこう、別の理由があるんじゃないのか。 「普通の死に方じゃなかったんだよな」 俺の心の内を呼んだように、牛島が言った。 「江藤の母親は、蔵に火をつけて、その中で死んだんだ」 「火!?」 「そう。火の気はないところだった。彼女自身が、焼身自殺のために火をつけたんじゃないかって言われてる」 「ああ、その事件、記事にしようとしてデスクに却下されたなぁ」 新聞記者の市村が口を開いた。 「自殺をそんな大々的に記事にしちゃいかん、って。今は規制も厳しいわけよ。これが他殺だったら大々的に記事にできたんだけどな」 他殺、という単語に、兼業作家の小倉が反応した。 「それは本当に自殺だったのか?」 「警察の捜査の結果、自殺に間違いなかったそうだ。いくつかの不審な点はあったそうだが……」 「江藤も苦労してんだな……。で、一人息子のあいつがこの宿を継いだってワケ?」 「そう。だけど……最近、彼自身にもおかしな行動をするようになってきてな」 「どういうことだ?」 「この家の中に何かがいる、って彼は信じ込んでるんだ。父親と母親を殺した何かがいる、ってな」 「信じられんな」 俺がそう言うと、牛島はため息をついた。 「ああ、俺も初めは耳を疑ったよ。でも、最近は彼も現実逃避するようになってきてな。夜中に家の中を走り回ってたり、突然叫んだり……」 「それは……ちょっとヤバいな」 市村が苦笑いした。 「江藤には精神科の先生がついている。薬も処方されているようだし、少し落ち着いてきているんだが……」  江藤の様子の一部始終を聞いて、俺たちはしばらくの間黙り込んだ。酒の会の席は、だいぶ重い雰囲気になってしまった。  しばらく、小倉はちびちびと酒を飲んでいたのだが、折角の同窓会なのだ、と思い直したのだろう。こう切り出した。 「ところで、セッションは初めていいのか? そういうことなら、江藤抜きでやろうと思うけど」 「彼はあんな状態だし、放っておいた方がいいかもしれないな」 「じゃあ早速、キャラシづくりに戻るとするかな」 「よし、そうしよう。せっかくみんな集まったんだしな」 牛島が乗り気なのは意外だった。彼は昔から、真面目な奴だったからだ。だけど、彼も暗い雰囲気をどうにかして変えようとしていたのかもしれない。 「俺はいいけど……他の二人はどうなんだ?」 市村と俺は顔を見合わせた。 「俺は構わないぜ。どうせ他にやることないしな」 「俺も賛成だね」  ということでその晩、俺たち四人、つまり阿賀田、市村、牛島、小倉のメンバーは、一晩中クトゥルフ神話TRPGのセッションにいそしんだ。  メンバーが一人抜けたのが痛かったが、とにかくお話はスムーズに進んだ。小倉が最初にネタバレをした通り、『ティンダロスの猟犬』という怪異が出てくる話で、俺たちはその謎を解き明かしていくのだった。  途中で各それぞれが、思い思いに酒を取りに部屋を出たり、トイレに行ったり(古い部屋なので室内にトイレがないのだ)、つまみを台所に取りに行ったりと、割とフリーダムな行動をしていた。自分のキャラがロストしてしまった俺は、後半はほとんど観戦と飲酒をするだけの会になっていた。  さて夜も更け、具体的には夜中の二時半ぐらいにセッションは終了した。ゲームクリアとではなくゲームオーバーだ。出てきたティンダロスの猟犬に、俺たちプレイヤーは全員喰い殺されてしまったのである。 ゲラゲラ笑いながらGMに文句を言ったり、ダイスの出目について語ったりして、全員が床についたのは夜の三時ぐらいだったように思う。そして外は、冬らしく雪が一晩中降り続いていた。  
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