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牛島の苛立ちはもっともだった。しかし、俺はどうすればいいのか分からなかった。
「探偵の癖に、推理しないんですか?」
■■■が俺につっかかってきた。
「推理って言っても、証拠がないし……。死因は何なんだ?」
俺が尋ねると、牛島が答えた。
「失血死かショック死だろう。胸部を刃物のようなもので刺されて殺されたようだ」
「凶器はどこにある?」
「それがわかれば苦労しない。床の血痕は、遺体を中心に広がっている。つまり、出血があったのは間違いないんだが……」
矢継ぎ早の質問に、牛島は困惑したようだった。
「死亡推定時刻は?」
「おいおい、私は村医者だぞ。そんなことわかるわけないだろう」
「大体でいいんだ。何かわからないのか」
市村が言うと、牛島は考え込んだ。
「昨夜から今朝の早朝までだと思うが……」
「流石にそれはおおざっぱすぎるだろ」
小倉が言うと、牛島がムッとした顔になった。
「じゃあ、お前にわかるのか」
「おいおい怒るなよ、俺は作家だぞ。だけど正確な時刻がわかるようなら、アリバイが確かめられるかもしれないじゃないか」
「アリバイ……」
俺たちは顔を見合わせた。
「俺たち、昨夜はずっとTRPGのセッションをしてたよな」
「ところでセッションって何です?」
■■■が首を突っ込んで来た。たしかに、一般人からすると『TRPGセッション』という言葉はわかりにくいかもしれない。これは説明したほうがいいだろう。
「もしかして、アレですか? 人間が服飾や装飾全般を指すときに使う……」
「それはファッション」
小倉が一呼吸おいて言った。
「セッションって言うのは、複数人が集まって一緒の物事をやることを指す語だ。楽器やバンドでもセッションっていうだろ?」
「カウンセリングのこともセッションと呼ぶな」
医者の牛島が首を突っ込んで来た。
「なるほど、それは情熱的ですね」
「それはパッション」
俺が言った。
「つまり、昨夜俺たちは、お互いがお互いをずっと見ていたんだよ」
「でも、一晩中ずっと一緒いたわけじゃない。それぞれが離席するタイミングは何回かあったな」
市村が言うと、俺たちは不安げにお互いの顔を見合わせた。奥の方で警察との算段や、食事のことについて話している三人の従業員も、興味深げにこちらをうかがっているようだ。
「誰がどのタイミングが抜けたか覚えてるか?正直、俺は何とも……」
俺が言うと、小倉が言った。
「正確な時刻は覚えてない。だけどTRPG中だし、飲み物を取りに行ったり、トイレに立ったりした時間は結構あるな」
「そもそも、TRPGってなんですか?」
■■■が素朴な疑問をぶつけると、小倉はまっすぐに■■■に見て、こう言った。
「状況が状況だから詳しい説明は省くが……TRPGは、ごっこ遊びだ」
「ごっこ遊び……」
■■■は口の中で単語を繰り返した。
「んー。まさかとは思いますが、大の大人が四人も集まって、一晩中ごっこ遊びに興じていたんですか」
「そのまさかだ」
「面白いですね」
■■■が言った。
「TRPGは目的のあるごっこ遊びだ。だからセッションが長時間にわたることが多い」
「なるほど、ミッションが」
俺は数秒経ってから、■■■のだじゃれ遊びがまた再開したことに気づいた。
「ちなみに、GMは俺だった。だから覚えている。誰がシナリオのどのタイミングで席を立ったのかもな」
小倉が答えると、■■■が言った。
「じゃあ、あいうえお順に行きましょう。まず阿賀田さん。あなたは昨夜、何をしていたんですか?」
「だから、俺は一晩中、みんなと一緒にTRPGをしていたよ。だけど……そうだな、何回かトイレには立った」
「大でした?中でした?小でした?」
「中!? 中って何!?」
俺が突っ込んでいると、小倉が助け舟を出した。
「阿賀田は三回ぐらいセッション中にトイレに立ったな。正確なタイミングは、後からでも思い出せるだろう」
「市村はどうだっけ」
「俺も三回くらいかな。確かセッションの途中で、小倉に飲み物の補充を頼まれたんだ」
「台所の位置がわからなくてなー。だいぶ手間取っちまったんだっけ」
俺たちがわいわいあーでもない、こーでもないと話していた。
「馬鹿馬鹿しい」
牛島がそう言って立ち上がった。
「おい、どこに行くんだ?」
「現場だよ。被害者の状態を確認すれば、何かわかるかもしれないだろう」
「えっ!? 一人で行くんですか?!」
■■■の言う通りだった。殺人犯がいるかもしれないこの宿の中で、彼を一人で歩かせるのは不安だった。
「俺も行くよ」
そう言って立ち上がったのは、市村だった。そう言えば、市村は昔から牛島から仲が良かったっけ。
「二人だけで大丈夫か?気をつけろよ」
小倉が言うと、牛島は少しだけ微笑んで答えた。
「ありがとう。でも心配はいらないよ。僕は医者だ。それに、君たちよりは修羅場慣れしている」
俺たちは二人を見送った。
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