第一章 爆発オチの密室

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牛島の苛立ちはもっともだった。しかし、俺はどうすればいいのか分からなかった。 「探偵の癖に、推理しないんですか?」  ■■■が俺につっかかってきた。 「推理って言っても、証拠がないし……。死因は何なんだ?」 俺が尋ねると、牛島が答えた。 「失血死かショック死だろう。胸部を刃物のようなもので刺されて殺されたようだ」 「凶器はどこにある?」 「それがわかれば苦労しない。床の血痕は、遺体を中心に広がっている。つまり、出血があったのは間違いないんだが……」  矢継ぎ早の質問に、牛島は困惑したようだった。 「死亡推定時刻は?」 「おいおい、私は村医者だぞ。そんなことわかるわけないだろう」 「大体でいいんだ。何かわからないのか」 市村が言うと、牛島は考え込んだ。 「昨夜から今朝の早朝までだと思うが……」 「流石にそれはおおざっぱすぎるだろ」 小倉が言うと、牛島がムッとした顔になった。 「じゃあ、お前にわかるのか」 「おいおい怒るなよ、俺は作家だぞ。だけど正確な時刻がわかるようなら、アリバイが確かめられるかもしれないじゃないか」 「アリバイ……」 俺たちは顔を見合わせた。 「俺たち、昨夜はずっとTRPGのセッションをしてたよな」 「ところでセッションって何です?」 ■■■が首を突っ込んで来た。たしかに、一般人からすると『TRPGセッション』という言葉はわかりにくいかもしれない。これは説明したほうがいいだろう。 「もしかして、アレですか? 人間が服飾や装飾全般を指すときに使う……」 「それはファッション」 小倉が一呼吸おいて言った。 「セッションって言うのは、複数人が集まって一緒の物事をやることを指す語だ。楽器やバンドでもセッションっていうだろ?」 「カウンセリングのこともセッションと呼ぶな」 医者の牛島が首を突っ込んで来た。 「なるほど、それは情熱的ですね」 「それはパッション」 俺が言った。 「つまり、昨夜俺たちは、お互いがお互いをずっと見ていたんだよ」 「でも、一晩中ずっと一緒いたわけじゃない。それぞれが離席するタイミングは何回かあったな」 市村が言うと、俺たちは不安げにお互いの顔を見合わせた。奥の方で警察との算段や、食事のことについて話している三人の従業員も、興味深げにこちらをうかがっているようだ。 「誰がどのタイミングが抜けたか覚えてるか?正直、俺は何とも……」 俺が言うと、小倉が言った。 「正確な時刻は覚えてない。だけどTRPG中だし、飲み物を取りに行ったり、トイレに立ったりした時間は結構あるな」 「そもそも、TRPGってなんですか?」 ■■■が素朴な疑問をぶつけると、小倉はまっすぐに■■■に見て、こう言った。 「状況が状況だから詳しい説明は省くが……TRPGは、ごっこ遊びだ」 「ごっこ遊び……」 ■■■は口の中で単語を繰り返した。 「んー。まさかとは思いますが、大の大人が四人も集まって、一晩中ごっこ遊びに興じていたんですか」 「そのまさかだ」 「面白いですね」 ■■■が言った。 「TRPGは目的のあるごっこ遊びだ。だからセッションが長時間にわたることが多い」 「なるほど、ミッションが」 俺は数秒経ってから、■■■のだじゃれ遊びがまた再開したことに気づいた。 「ちなみに、GMは俺だった。だから覚えている。誰がシナリオのどのタイミングで席を立ったのかもな」  小倉が答えると、■■■が言った。 「じゃあ、あいうえお順に行きましょう。まず阿賀田さん。あなたは昨夜、何をしていたんですか?」 「だから、俺は一晩中、みんなと一緒にTRPGをしていたよ。だけど……そうだな、何回かトイレには立った」 「大でした?中でした?小でした?」 「中!? 中って何!?」  俺が突っ込んでいると、小倉が助け舟を出した。 「阿賀田は三回ぐらいセッション中にトイレに立ったな。正確なタイミングは、後からでも思い出せるだろう」 「市村はどうだっけ」 「俺も三回くらいかな。確かセッションの途中で、小倉に飲み物の補充を頼まれたんだ」 「台所の位置がわからなくてなー。だいぶ手間取っちまったんだっけ」 俺たちがわいわいあーでもない、こーでもないと話していた。 「馬鹿馬鹿しい」 牛島がそう言って立ち上がった。 「おい、どこに行くんだ?」 「現場だよ。被害者の状態を確認すれば、何かわかるかもしれないだろう」 「えっ!? 一人で行くんですか?!」 ■■■の言う通りだった。殺人犯がいるかもしれないこの宿の中で、彼を一人で歩かせるのは不安だった。 「俺も行くよ」 そう言って立ち上がったのは、市村だった。そう言えば、市村は昔から牛島から仲が良かったっけ。 「二人だけで大丈夫か?気をつけろよ」 小倉が言うと、牛島は少しだけ微笑んで答えた。 「ありがとう。でも心配はいらないよ。僕は医者だ。それに、君たちよりは修羅場慣れしている」 俺たちは二人を見送った。
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