第一章 爆発オチの密室

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食堂のテーブルに残っているのは、俺、■■■、小倉の3人になった。 「じゃ、昨日のセッションの感想に戻るか」 小倉が言うので、俺は突っ込んだ。 「違うだろ! 誰がどのタイミングで席を立ったか思い出すんだよ!」 「人がソファーで腰に敷く……」 「それはクッション!!」 俺が酸欠で頭痛がしてきた。 「んー。もしかして、昨日のセッションのシーンを一から順番に思い出す気ですか?」 「……そのつもりだが、何か文句あるのか?」 小倉が答えると、■■■は笑ったまま眉をひそめた。 「それはちょっと面白くないです。かなりの文量になるでしょう? 時間だってかかりますし」 「面白いとか、つまらないの問題じゃないだろ。正確なアリバイを確かめるんだ」 「……あのさ、気づいたんだが」 俺が話に割って入ると、二人ともこちらを振り向いた。 「宿の中にいたのは、セッション中の俺たち四人と、江藤と、この■■■だけだったんだろう?」 「ああ、従業員たちの証言もあるから間違いない」 「俺たち四人は一晩中、ずっとセッションをしていた。これは間違いないな?」 「ああ、間違いない」 小倉の返答を聞いて、俺はこう尋ねた。 「じゃあ、■■■のアリバイは?」 「……。」 ■■■は笑顔のまま固まった。 「■■■は、昨日一日どこにいたんだ?」 「……そういえば、見ていない」 「俺もだ。■■■、お前どこで寝ていた?」 「……。」 「おい、黙ってるんじゃねえよ」 俺が詰め寄ると、■■■は目をそらして、こう言った。 「い、いやあまあ、確かに私のアリバイは全くないですけど……」 「質問に答えろ。昨日は何をしていた?」 「ええとですね。江藤さんに出張買取に呼ばれまして。何もこんなに雪の日に……と思いながら、現地に着いたのが昨日の朝です」 ■■■が説明した。 「江藤さんのお宅ってかなりの名家で、大正時代のいい感じの古物品とかがあるんですよ。で、それの鑑定に来たわけですが」 「俺が聞いてるのは、昨日の夜の話だよ」 「飯食って寝てました」 「うあああああ!」 俺は頭を抱えた。 「こんなヤツがいるんじゃ、いくらセッションとアリバイを照らし合わせても警察に説明できないって!!」 「いやあ、喜んでもらえて何よりです」 「喜んでねえよ!!」 俺が叫ぶと、従業員がテーブルにお茶を運んできてくれた。落ち着けと言うメッセージなのかもしれない。 「……別の方法からアプローチしよう」 お茶を飲んだ後、俺はゆっくりと言い出した。 「アリバイがダメなら動機だ。動機はなんなんだ?」 「江藤の家って、父親も母親も死んだんだろ。確か兄弟もいなかったし……名家となれば、遺産もすごそうだな。この古宿も結構豪華だし」 小倉が言うと、■■■が答えた。 「そうですね。江藤さんのご両親は、かなり大きな会社を経営していました」 「じゃあ、金銭目的か」 「だけど俺たちの中に、江藤が死んで得する奴っているか? 強盗じゃあるまいし……」 小倉が言うと、俺は頭をひねった。 「……例えば、恋愛感情のもつれとか……」 「少なくとも大学時代、誰も彼女いなかったよな」 「うん……」 俺はちょっと古傷をえぐられた感じがして悲しくなった。 「遺恨とかはどうですか?」 ■■■が尋ねるが、俺は心当たりがない。 「そもそも、嫌いな奴とTRPGセッションはしないな」 「そう言えば、この宿ってこれからどうなるんだ? 従業員もいるけど、オーナーが死んだんじゃお終いだな」 「わりとスキー宿の需要はあるはずだけど……あっ」 小倉が何かを思い出したようだったので、俺は喰いついた。 「何を思い出したんだ?」 「いや、前言ってたんだよ。ほら、牛島が」 「牛島……? アイツ医者だろ? 金には困ってないだろ」 「いや、土地だよ、土地。あいつら幼馴染だろ?実は家も隣なんだって」 「隣……?」 俺はこの宿の位置関係を思い浮かべた。山、山、山、また山だ。つまり、この山の隣に江藤の家、恐らくその土地も広大な山、山、山……が、あるはずである。 「つまり、この宿の土地は全部、江藤のものだったのか?」 「ああ、そうらしいぞ。だから、相続税とかそういう問題になるんじゃないかな」 「そうかー。土地の管理なんて想像もつかないけど、大変そうだな」  俺が言うと、小倉はしみじみと頷いた。 「このあたりの村は過疎化でほとんど人が住んでないし、たぶん残った江藤の地は牛島家が引き取るんだろう」 「……つまり、牛島が犯人って言いたいのか?」 俺が言うと、小倉は慌てたように手を振った。 「ち、ちげえよ! 今のは想像だって。俺はそんなこと思ってないって」 「いや、小倉の推理は正しいかもしれない」 「おいおい、冗談はよせよ。牛島は江藤と仲良かっただろ?」  そう言えば、昔から小倉は場の調和を気にするタイプだった。昔からの友人である牛島を、何の根拠もなしに犯人扱いするのは気が引けるのだろう。 「だが、もしかしたら、俺たちは牛島に騙されているだけかもしれないぞ」 「いや、でも……」 「……。」 俺は無言でお茶を飲み干した。 「人間はしゃべりながらお茶は飲めませんよ」 ■■■が隣で茶々を入れてきた。が、俺は答えない。今、何かがわかりかけている気がするのだ。 「……そう言えばあの部屋、かなりおかしなことになっていたな。角がなかったし、窓も開いていた」 小倉が言うので、俺は視線を上げてこう言った。 「犯人は、江藤の死を『ティンダロスの猟犬』の仕業に見せかけたかったって言うことか? 小倉、詳しいんだろ。話して見ろよ」 「詳しいも何も……ただの創作だよ。『角度は不浄』ってな。ティンダロスの猟犬は、現れる時に異臭と共にやってくるんだ」 「だが、あの部屋の匂い……どこか、嗅ぎ覚えがあった」 「んー。肉って言うか、油って言うか。たぶんアレ、ラードじゃないか?」 俺は腕を組んだまま、じっと目の前のテーブルを見ている。その様子を、■■■は楽しげに無言でにこにこと見ている。 目の前には、俺がさっき飲んだお茶のコップ。 それから食べ終わった、朝食の豚の生姜焼きのプレートがある。もはや油のカスしか残っていない。 それらは汚く、ギトギトと固まっていた。……固まっている? 「うーーー!寒かった!」 「全く、酷い雪だな」 市村と牛島が食堂に入って来た。現場検証が終わったらしい。 「除雪車が来たみたいです。警察がそろそろくるそうですよ」 従業員が奥から声をかけてきた。 そして、俺はこう言った。 「牛島。犯人はお前だ」
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