プロローグ

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プロローグ

 ビートルズが代表のロック世代が去ってさ。時代は、ビューティフルに。 激しいのはなしで、優しさがナウい。 そんな時代でしたね。七十年代は。 カーペンターズが、バカラックを唄ってた時代。ストーンズのギターリフより、フィフスディメンションのアクエリアスの方が音楽として、壮大さで勝ってんじゃん。ビージーズがスティンアラウブではなくて、まだ、小さな恋のメロディのテーマ曲作っていてずっとこっちの方が抒情的さ。 モーレツからビューティフル、音楽でいえば、リズムからメロディ重視ってこと。ちなみにこの映画のメロディって娘、可愛いかったなあ。 とにかく、頭の中で美しいものといえば、音楽の方のメロディだったんだよ。 トレイシーハイドのメロディではないよ、音楽のメロディです。つまり、女の子のことより、美しいメロディが一番興味のあることだったのさ。たくさん恋の唄を聴いていながら、恋のことはさっぱりだったってわけ。 カーペンターズのイエスタディワンスモアや、サイモンとガーファンクルのサウンドオブサイレンスとか、ツェッペリンの天国への階段のリコーダーのとことか、ビューティフルなメロディでしょ。しみじみ癒される感じ。 「やはり、ひこうき雲ですよ」 ぼくが、洋楽におけるビューティフルな考察をしていると、マドカがつぶやく。マドカは、高島台の豪邸に住むお坊ちゃんで、唯一の友人だ。 「君、荒井由美って知ってますか」 「フォーク歌手だろ」 マドカは、バッハの主よ人の世の喜びをとか、パッフェルベルのカノンとか、クラッシックを聴いて育てられた反動で、フォークギター片手に、受験生ブルースとか、バラが咲いたとか、花嫁とか、走れコータローとか、唄っていた。 「陽水とか拓郎みたいなやつだろ」 ぼくだって、井上陽水がビートルズの影響を受けていることくらい知っていて、陽水のシュールな歌詞がジョンで、拓郎のポップなメロディがポールみたいに思っていた。 「フォークじゃないのです」 ぼくは、マドカの持ってきたアルバムを見た。クラッシックみたいなジャケットで、聞いたことのないレコード会社が出していた。 「何しろこのアルバムのためっていうわけじゃないけど、最新設備のスタジオで録音されたらしい」 マドカの豪邸は、セントラルヒーティングでリビングに、高価なステレオ装置と巨大なスピーカーが鎮座していて、プリセットされたアルバムに針が落ちた。ピアノの前奏は、悲しげで拡張高い。 「いいじゃん、これ」 「ひこうき雲、タイトル曲。いちご白書をもう一度も彼女の曲だけど」 「この暗い色調、どっかで聴いたことあるなあ」 「さすがハルキ君、プロコルハルムのピアノに影響受けたらしい」 「青い影とメロディラインが似てるな、確かに」 マドカのリビングには、暖炉があった。煙突があるかないかが、洋館のステイタスだったのかもしれない。槇のくべられることのない暖炉があった。マドカのリビングからは芝生の中庭に出ることができた。 「お茶はいかが、お坊ちゃん」 お手伝いのタエさんが、紅茶にショートケーキのお盆を持って現れた。タエさんは、マドカのおじいさんの代から、二代に渡ってのお手伝いさんだ。タエさんの母は、千葉の農家の末娘で、マドカの父の乳母でもあった。 タエさんがカーテンを開け放つと、中庭からは、沈丁花の香りとともに、まだ、完全には鳴き方をマスターしていないホトトギスの鳴き声が、舞い込んできた。日差しは強いが、まだまだ肌寒く、外でティータイムとはいかないようだ。 でも、ぼくはこのマドカの家の中庭が相当気に入っていて、書架から本やら漫画やら取り出して、日に当たりながら、芝生の上に寝転がり、よく読書した。なにしろ、マドカは、自分の身長分まで、本屋で自由に本を買える権利があった。 父親の教育方針で、本はたくさん読んどけというわけだ。身長分というのは、結構大変で、勢い漫画の全集でなんとか追いつく。毎月身長分は、権利であり、義務でもあったから、漫画でごまかすしかなかった。
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