75人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
小柳家に通い始めて三日目。
千秋さんに合いカギをもらった律は野菜の詰まったマイバックと白い小さな箱を手にエントランスを抜け、エレベーターのボタンを押した。
八階にあがって目的の部屋のインターフォンを鳴らしてから鍵を開ける。
「おやつ、買って来たよ」
本日のお姫様は少しばかり元気がない。
喜ばせようと夕食の買い物のついでにケーキを買ってきたのだが――白いソファーで膝を抱えて背中を丸めたままこっちを見ようともしない。
昼過ぎに家に帰りたいと駄々をこねたエマを英恵さんから預かった時からこの状態。律は小さなお姫様の下僕となってご機嫌取りの真っ最中。
「おいしそうなフルーツケーキがあってね……エマちゃん。一緒に食べよう」
そっとケーキをテーブルに置くと、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたのだが――すぐにまたしょんぼりとつま先に視線を落とす。
「ケーキ、嫌いだった?」
律の声にふるふるとはちみつ色の髪の毛が揺れる。
別に急ぐ用事はない。続く言葉を待つ二人の間を時計の針が静かに刻む。
「……里香ちゃんが、意地悪言うの」
視線を落としたつま先を居心地悪そうに動かして、つぶやいた。
(ケンカしちゃったのか……確か、実家に住んでるという千秋さんの姪っ子だったかな)
最初のコメントを投稿しよう!