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「イライラしちゃって、もしかして更年期?」
「やだわー、悦子さんじゃあるまいしいつもの姉弟ケンカでしょ」
銀行の粗品の三色ボールペンを手に応じるのはメガネの伊藤ちゃん。
「姉弟ケンカは猫も食べないんだっけ?」
「それ、夫婦げんかで犬ですよ」
険悪な二人を横目に悦子さんと伊藤ちゃんはにこやかに笑っている。
「こらー、ダラダラおしゃべりして時給ドロしないの! 見世物じゃないんだからさっさと書き上げて、撤収してちょうだい」
怒りに震える律を無視して経営者の顔になって注意を飛ばす。
彼女らの昔ながらの手書きスタイルをパソコンに入力するのは律の仕事だ。
「確認しなかったのも、勘違いしたのも律じゃない。私のせいじゃないじゃないわよ」
「だからって、だまし討ちはないだろ」
低くつぶやいてにらみつけた。
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」
「なあに、律ちゃんの担当、そんなに気難しい相手なの?」
こっそり聞き耳を立てていた悦子さんがたまらず野次馬に入ってきた。
「そんなこと――」
ない。子供の相手をするだけなんて楽なほうだろう。
そもそも、怒っている理由はそこではない。
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