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今朝のニュースで今年はクリスマス寒波でホワイトクリスマスになるかもしれないとはしゃいでいたことをいまごろ思い出した。
事務所に手袋を忘れたと気づいたのは電車に乗ってからだった。
「……さむっ」
汗ばむほどに暖房の効きすぎた車内からホームに降り立って肩を震わせてダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。
見上げた空は鈍色の雲に覆われている。
細く、白い息を吐きだしたのは木瀬律。年齢は二十七。
少し癖のある黒髪と濃い色の目。身長は低めでひょろりと細い。
この体型が曲者で、成人男性なのにうっかり女性と間違われることもしばしば。繰り返すが律は戸籍も体も――初恋の人も男性だ。
好きな人については気付いたときにはそうだったのだから仕様がない。
「クリスマスなんて嫌いだ」
小さくつぶやいてショーウインドーをにらんだ。
冷え切った空気は忘れかけた古い傷まで疼かせる。
社会人になって初めてできた恋人は残業続きのクリスマスの夜にプレゼントではなく心の伴わない痛みを残して去った。
ショックで寝込んだ律はそのまま会社を退職すると、半年ほど部屋に引きこもった。そして律を殻から引っ張り出すように姉は自分の経営するハウスキーピングの会社に無理やり就職させた。
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