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うまく息ができない。そんな風に感じることが増えてきた。
山手線の電車に揺られながら、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。窓の外は嫌みなくらいに快晴だった。こんな晴れた日に仕事なんて。朝っぱらから憂鬱な気分になった。
通勤ラッシュの時間ということもあり、車内は人で溢れかえっていた。それなのに、話し声は一切聞こえて来ない。ガタンゴトンと電車が揺れる音だけが響いている。私の前後左右にはスーツを着たサラリーマンが立っていて、左隣の人が持っているアタッシュケースの角がさっきから私の膝後ろにあたっている。電車が揺れる度にその角が突き刺さって地味に痛い。足の位置をずらそうにも、そんなスペースは無かった。私はひたすら我慢していた。あと2駅で新橋駅だ、あと少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせた。
何だか息苦しく感じて私は大きく息を吸った。不織布マスクを通過した生ぬるい空気が、鼻孔を通り、肺を満たしていく。だけど、息苦しさは解消しなかった。
新橋駅到着のアナウンスと共に目の前のドアが開くと、冬の冷たい空気が額に触れた。後ろからギュウギュウ押されて、ドアから吐き出されるようにホームに降り立った。ホームは一面、黒、灰、紺というシックな色を纏った人ばかりだった。私の首に巻かれてていた赤チェックのマフラーだけが、やけに目立っているように感じる。私は階段を下りていく人混みの一部になって階段を下りた。
ふと、どこからか耳障りな男性の声が聞こえて来た。時折、キィンとハウリング音が混じっている。
駅舎の外に出ると、広場で何やら演説のようなものが行われていた。膝の高さくらいある台の上に、マイクを持った中年男性が立っている。そのすぐ横には、大きな看板を持った白髪の男性が立っていた。その看板には赤文字で『XXX政権反対! 奴らを決して許すな!』と書かれていた。彼らの周りにはその支持者と思われる人々が十数人立っていた。皆こぞって保護色の服を身につけている。
JRの出口から広場に出てきた人たちは、彼らに一瞬視線を送るものの、すぐに視線を逸らした。
広場中に響き渡る演説に、私は耳を塞ぎたくなった。できるだけ彼の言葉を耳に入れないように意識を自分の内側に向けるようにしながら、広場の横を通り過ぎた。その時だった。
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