Tokyo Grayzone トーキョーグレーゾーン

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「一体いつまで貴方たちは口を閉ざしているつもりですか。来る日も来る日も、毎朝、会社に向かうだけでいいんですか。考えることを放棄していませんか? 貴方たちは一体、いつまでその無表情の行進を続けるつもりですか。今こそ立ち上がる時でしょう!」  聞くつもりはなかったのに、無表情の行進という言葉が、妙に耳に刺さった。思わずまわりを歩く人々の顔を見渡す。うん、確かにそうだ。無表情の行進。その表現が妙にしっくりきた。彼らの思想には賛同出来なさそうだけど、無表情の行進をいつまで続けるのか、という問いかけは、少し考えさせられた。  目の前の横断歩道の信号が赤に変わった。私は立ち止まって、ふぅと小さく息を吐く。ふと自分の服が視界に入った。グレーのチェスターコートに、白のタートルネックニット、そして、ネイビーのスラックスとパンプス。ザ、オフィスカジュアル。とりわけ好きでもなければ、嫌いでもない。無難で無個性なファッション。アパレルの仕事をしていた時は、原色の目がチカチカするようなファッションばかり着ていたのに。 仕事をするのに個性は不要だ。会社という小さな世界の中では、その世界に同化することが大事なのだ。目立ってはいけない。目立つとろくが事が無い。派遣会社に転職して、いろんなオフィスを見てきて、学んだひとつの答えがそれだった。  それでもやっぱり、人とまったく同じというのは嫌だった。だから、マフラーだけは好きなものを身につけることで、私は社会に対して小さな抵抗をしていた。  信号が青に変わり、人々が一斉に歩き始める。私もそのあとを追うように歩き出した。歩き出してからふと思った。小さな抵抗は無駄なのだと。端から見たら、私もこの大きな街の風景の一部に過ぎないのだ。  後ろの方からは、まだ演説の声が聞こえていた。私は思わず、小さなため息をついた。  ホントに、いつまで無表情の行進を続けるのだろうか、私は。
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