Tokyo Grayzone トーキョーグレーゾーン

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 ビルのエントランスホールを抜けて、エレベーター前までやって来ると、始業時間15分前ということもあってか、エレベーター待ちの列ができていた。 「おはようございます、浜里さん」  その声に振り向くとそこには岡崎さんが立っていた。 「あ、岡崎さん、おはようございます」  挨拶を返すと、彼女は眼鏡越しに目を細めて微笑んだ。その柔らかな笑顔を見て、鬱々としていた気分がほんの少しだけ和らいだ気がした。岡崎さんは何というか、レッサーパンダとかアライグマとかそういう系統の顔立ちをしている。ちょっぴりふくよかな体型とおっとりとした性格も相まって、癒やし系の雰囲気を纏っていた。ざっくりと編まれたアイボリーのニットコートと、ベージュのコットンワンピースを着ている。そのファッションは彼女によく似合っていた。  エレベーター上の電子パネルを見ると、9の文字が点滅していた。まだ来るのに時間がかかりそうだった。早足で歩いて来たせいか体が火照って少し暑かった。マフラーを引っ張って首元を緩めながら、岡崎さんに言った。 「今日、天気いいですよね」 「そうですね、どこかピクニックに行きたいくらい! サンドイッチとか持って」  そう言うと、岡崎さんはふふふと笑った。 「ピクニックですか、いいですね」  そうか、ピクニックか。  私も彼女と同じ空を見ていたはずなのに、ピクニックに行くという可愛らしい発想は私には出て来なかった。  しばらくして、ポーンという気の抜けた音とともに、エレベーターの扉が開いた。目の前で溜まっていた人の群れがぞろぞろと箱に乗り込んでいく。私たちが乗る頃には、エレベーターは9割くらい埋まってしまっていて、岡崎さんと私は、ドア前の最前列に立つことになった。右端に立っていた男性は、私たちが乗ったことを確認すると、閉まるのボタンを押した。  パタンと鼻すれすれのところで扉が閉まる。山手線の車内同様、こんなに人が詰め込まれているのに、誰ひとり声を発しない。斜め後ろにいる肥満気味の男性の息づかいが、やけに耳についた。  エレベーターの扉が開く度に、私は一回外に出て、後ろの人が降りたのを確認してから、またエレベーターに乗る、というのを3、4回繰り返した。上の階に行く度に徐々に人が減っていく。職場がある13階につく頃にはエレベーターには岡崎さんと私を含めて、4人しか残っていなかった。  13の文字が点滅し、ポーンという電子音とともに扉が開く。私はエレベーターから降りると岡崎さんに続いて、ドア横の機械に社員証をかざし、フロアに入った。
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