染め上げる。

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季節は冬。 今日の最高気温は10度。 時刻は午後九時。 天気は、雨。 夕方から雨と天気予報が告げていた。 こんなに降るとは思わなかったけれど。 傘の中に、体と鞄を押し込むようにして、私はゆっくり歩く。 頭が重たい。 元々低血圧なのもある。 だけど、一番は…………。 『別れよ』 つい、三十分迄恋人だった彼の言葉。 え、と聞き返す私を置いて、彼は店を出て行った。 泣き腫らして、フラフラと歩く。 会計時に、同情するような瞳が突き刺さって余計に惨めだった。 あ、また泣きそう。 トン、と体がぶつかる。 傘が手から離れて、地面に静かに落ちた。 「すみません………」 「…………」 「あの………」 顔を上げると、その人は切なげな表情で見て来た。 「……………使って」 手渡されたハンカチ。 男ものの香水の香り。 「ありがとうございます…」 「からだ、濡れちゃったね」 私の傘を拾い上げ、傾けてくれる。 「ありがとうございます」 俯き、言うと。 彼は私の手を引っ張る。 「家、近くなんだ。濡れてたら、風邪引くから」 あれから、一年。 私の心は、彼に染められている。
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