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おかげで寂しさも紛れ、私の料理の腕もメキメキ上達していった。
何事も上達すると楽しくなってくる。
せっかくだからお昼のお弁当も自分で作ろうと思い立ち、余裕がある日は会社に持参するようになった。
「羽留、最近お弁当なんだね」
「うん。節約しようと思って」
「中身見ていい?」
「いいよ」
既に人に見せても恥ずかしくないレベルまで上達しているので、紬に堂々と自作弁当を披露した。
今日のお弁当は野菜主体の彩り弁当だ。最近坂口家で贅沢な夕食ばかり食べるようになったせいで、ちょっとダイエットが必要な身体になりかけているのだ。
すると、紬に期待通り「すごいじゃん」と褒められ、意味深な視線で事情を探られた。
「え、いいな。私も美織先生に習おっかな」
「聞いてみようか? 紬いたら楽しそうだし」
「なんて冗談よ。お邪魔者になりたくないわ」
本気だったら本当に美織さんに掛け合うつもりだったのだが、紬がそう言うなら仕方がない。
そして、今日はスパルタ料理教室の木曜なのだが、仕事帰りにスマホを見ると、美織先生から珍しいメールが入っていた。
『ごめんね
急な残業でちょっと遅くなりそう
カレーの材料揃ってるから先に作ってて
絢音は学童休ませたから今日は家にいるよ
よろしくお願いします』
今日は先生なしで一人の料理教室だ。
果たして厳しい審査員を納得させられるだろうか。
坂口家のドアの前に立ち、インターホンを押す。来客の様子は家の中のモニターで確認できるので、私だと分かれば絢音ちゃんがドアを開けてくれるはずだ。
まもなくカチャッとドアが開き、その隙間から絢音ちゃんが姿を見せた。
「あ、はる」
開いたドアにはきちんとチェーンがかけられている。やはりしっかりした子だ。
「あーちゃんこんにちは。ママから電話来た?」
「うん、きた。はるがごはん作ってくれるの?」
「うん。今日はカレーだよ」
「えっ、カレー好き!」
「ふふ、じゃあ待ってて。ママが帰ってくる前に作っちゃうね」
たしか絢音ちゃんはにんじんが苦手だと言っていたので、ここぞとばかりに手先の器用さで細工を施すことにした。
そんな様子を、踏み台に立った絢音ちゃんが隣でまじまじと観察している。
「はる、なにそれ星?」
「うん。あと何がいい?」
「じゃあうさぎ!」
「廃棄率爆上げじゃん」
「はいきりつ? なにそれ?」
「……あ、ごめん。にんじんいっぱい捨てなきゃってことだよ」
どうも咄嗟の返しが子供向けにならない。これも鍛錬が必要のようだ。
残った変な形のにんじんはフードプロセッサーでうやむやにして、絢音ちゃんが目を離した隙に他の野菜の中に混ぜ込んだ。
野菜を炒めながら、飽きもせずに隣にいる絢音ちゃんと会話を交わす。二人だけで話すのは初めてなので、今日はなかなか新鮮な気分だ。
「あーちゃん、ママがいない時なにしてるの?」
「えっとねー、学童でお友達と遊んだり、おうちでお絵描きしたり。あとテレビもみる」
「そっか。習い事もやってるんだよね?」
「うん。ピアノとスイミング。はるもいっしょにやる?」
「……私は体力ないよ。習い事楽しい?」
「楽しい! あのね、先生がほめてくれるの」
「ふふ、上手なんだね。今度あーちゃんのピアノ聞きたいな」
「うん。おばあちゃんのおうちにおっきいピアノがあるの。今度はるも来てね」
「……あ、うん。楽しみにしてるね」
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