その後

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帰り道は雪がうっすら積もっていた。 やはり天気予報を信じなくて正解だった。正解しても別に嬉しくはないのだが、山の綺麗な雪化粧が見られたのはちょっとお得だった。 行きよりも更に大切な存在になった美織さんを無事に家まで送り届けるため、いつも以上に慎重に真剣にハンドルを握る。 「ねぇ羽留ちゃん」 「ん?」 「ほんとに仕事帰りに行ってもいい?」 「うん、いいよ。むしろ来てほしい」 「じゃあ絢音が習い事で遅い日に行くね」 「あ、いいけど何も買って来なくていいよ。あんまり気を使って欲しくないから」 「ふふ、分かった」 自宅付近に近づくにつれ、路面の雪はだんだん消えていった。やはり積もっていたのは山の方だけだったようだ。 その後、美織さんを無事アパートに送り届けて一人になると、送ったばかりの美織さんに早速会いたくなった。もう重症だ。 一度肌を重ねたことでどこか感情の箍が外れてしまったらしく、何をしていても美織さんのことばかり考えてしまう。 『もう家に着いた? 雪道の運転お疲れ様でした 今回は旅行に付き合ってくれてありがとう 二日間一緒に過ごせて幸せでした また近いうちに会いたいです』 そしてこの追い討ちだ。 『今すぐ会いたい』と電話してしまいたくなったが、さっき別れたばかりなのにコレをやったら美織さんもドン引きだろう。 これではいかんと思い、なんとか普通の文面で返事を送ったあと、部屋を見回して気を紛らわす手段を探した。 そして、最近全くやっていなかったゲームでもやろうと、埃をかぶったコントローラーを手に取った。 と、その時。 テレビの横の袋が目に入った。 あれは現場の冨樫さんから借りたままのゲームソフトだ。 結局あれから数ヶ月間全く手を付けられていなかった。このままでは借りパクになってしまう。 しかしそういえば、ここのところ彼が事務所に来た記憶がない。私が前に『大切な人』の存在を匂わせたせいだろう。 このまま手元にあってもモヤモヤするだけなので、休み明けに早速会社に持参し、仕事中に現場に用事があるフリをして事務所を抜け出した。 「あの、冨樫さん。これ……」 「あ、クリアしました?」 「はい。面白かったです。ありがとうございました」 本当はクリアどころかプレイすらしていないのだが、それはなんとなく美織さんに対する裏切りな気がして実行できなかった。 一応、何か聞かれた時に話を合わせるため、ネット動画で知識を詰め込んで対策はしてある。 「結局連絡くれなかったっすね」 「はぁ、すみません。パートナーには誠実でいたいので」 「ですよねぇ。俺邪魔だったっすよね」 「……いえ。そういうアレでは」 「あ、もし彼氏とケンカしたら連絡していいすよ。俺で良ければ相談乗るんで」 「えっ」 「あはは。冗談っすよ。まぁ仕事で用事あったらまたお願いします」 「あ、はい。ありがとうございました」 冨樫さんに頭を下げて現場を立ち去る。 やはり悪いヤツではない。今回は巡り合わせが悪かっただけだ。
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