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それから少し経った頃、紬がニコニコしながら久しぶりの誘いを持ちかけてきた。
「羽留、今週の金曜あたり久しぶりに二人で飲みに行かない?」
言われてみれば、二人の酒の席は全ての発端のあの日以来だ。当時の出来事を遠い昔のことのように思い出す。
「いいよ。ほんと久しぶりだね」
「ふふ。じゃあ今回は私が奢っちゃる」
「……なに? なんか企んでるでしょ?」
「あ、バレた? まぁ当日まで内緒ね」
そう言いながら嬉しさダダ漏れの顔をしているので、紬が何を企んでいるのかは聞かなくても分かった。
そして当日。
行きつけの居酒屋で案内された席に着くと、予想通り、紬の口からめでたい知らせがあった。
「あのさ、結婚決まったわ」
「ふふ、やっぱりね。おめでとう紬」
「えへへ。ありがと。まぁ入籍は来月だけどね。一応苗字は『古河』になるからよろしく」
紬は「石が古くなった」とケラケラ笑いながら珍しく顔を赤らめていた。その顔を見て私の顔も綻ぶ。紬のこんな表情は初めて見たのだ。
「式は挙げないの?」
「再婚だしね。っていうか初婚の時も挙げてないんだ。なんかそういうの苦手でさ」
「そうなのか。紬のドレス姿見たかったわ」
「まぁ似合うわよ?」
「でしょうね」
その後、ご祝儀にプレゼントを添えて紬に渡した。プレゼントは散々考えた末、無難な物を避けて紬が乗っている車のラジコンにしたのだが、半分ウケ狙いのつもりが泣いて喜ばれてしまった。「あの羽留が私の車の車種覚えてるなんて……」と、どうやらそっちの感動だったようだ。
そして、この前の温泉旅行から二週間後。
美織さんから『今週の金曜、会社帰りに寄ってもいい?』と、ずっと待ち侘びていたお誘いメールが届いた。これでやっと、久しぶりに美織さんに会える。
約束までの二日間が長くて遠い。普段だったら、適当に過ごしていてもあっという間に過ぎていく時間だ。
待ちに待った当日は、絶対残業しないように仕事に集中した。私の妙な気迫を察したらしい紬は、帰り際の更衣室で「まぁ落ち着け」と飴を一つくれた。
飴を舐めながら家に帰って簡単にシャワーを浴び、Tシャツの上に厚手のパーカーを羽織る。下は履き古した緩めのジーンズ。これから美織さんが来るからといって、変に着飾るのも気恥ずかしいのだ。
その後まもなく『これから行きます』と連絡があった。数分待つとインターホンが鳴り、ドアの向こうからチェスターコートを着た彼女が姿を見せた。
「……私、なんかちょっとおかしいかも」
「え、おかしい? なに、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。もう毎日羽留ちゃんのことばっかり考えちゃって……」
どうやら、会いたい病にかかっているのは私だけじゃなかったようだ。少し息を切らしているのは、それだけ急いでここに来たということだろうか。
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