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「……そろそろ帰るね。ごめん、なんかそのためだけに来たって感じで」
「いや嬉しいよ。今度またゆっくり会いたいな」
「うん。時間作るから待ってて」
「……うん、待ってる」
急に寂しさに襲われ、思わず美織さんの身体にギュッと抱きついた。これからまた、しばらく会えない時間が続くのだ。
すると、美織さんは心を見透かしたように、私の頭をそっと撫でてくれた。
「羽留ちゃん、やっぱり寂しい?」
「え、あはは。ちょっとね。でも最初だけでしょ。すぐ慣れるよ」
「……そうだよね。付き合う前もこうなるんじゃないかって思ってた。だから悩んでたの。羽留ちゃんに寂しい思いさせちゃうかなって」
「いや、覚悟の上で告白したんだから。これくらい我慢しないと」
そもそも、美織さんに強引に交際を申し込んだのは私なのだ。こんな泣き言を言える立場じゃない。せっかく想いが通じ合っていい雰囲気だったのに、自らそれを壊すようなバカな真似はしたくない。
心の中で自分に喝を入れると、突然、美織さんが予想外なことを言い出した。
「じゃあ、うちで料理教えるよ」
「えっ?」
「羽留ちゃんが良ければ会社帰りにでも。それならいつでも会えるでしょ?」
「……うん。教えて欲しい」
「じゃあいつでも来て。絢音も会いたがってるし。付き合ってるんだから遠慮しないでね」
些細な気持ちの変化を察してくれるあたり、やはり私はまだまだ美織さんには敵わないようだ。
それから私は、美織さんの家で習い事を始めた。基本週二のスパルタ料理教室だ。
「あの、坂口先生。味付けはどうすれば?」
「感覚で。味見しながら適当に」
「……それが難しいんだよ」
「こういうのは慣れだから。あとフライパン燃えるよ。一回火止めて」
「ねぇはる! お腹すいた!」
「はいはーい。……親子で厳しいなぁ」
坂口流では計量は許されない。
しかも最初から煮物なんて高度な料理を初心者に作らせるとは。どうやら美織さんは本気で私に料理を叩き込みたいようだ。
「うん、煮崩れしてないし火加減ちょうどいいね。味も悪くないよ」
「なら良かった……。でも先生いないとまだ全然無理だよ」
「じゃあ慣れるまで通って。厳しい審査員もいるから」
「あーちゃん先生、お味はどうでしょう?」
「ママの方がおいしい」
「ふふ、容赦ないね……」
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