その後

7/9
191人が本棚に入れています
本棚に追加
/115ページ
美織さんの厳しい指導のおかげで効率良く調理を終え、ドキドキしながら絢音ちゃんに振る舞った。一口食べた感想を聞きたくて、恐る恐る問いかけてみる。 「……絢音先生、美味しい?」 「うん、おいしい。はる上手になったね」 「えへへ。ありがとう」 子供に褒められて調子に乗ってしまったが、よくよく考えたらカレーを失敗する方が難しいだろう。 それでも美味しそうに食べてくれるのはやっぱり嬉しい。にんじんも喜んで食べている。頑張って星形に切った甲斐があったようだ。 食事を終えた頃には、既に七時を過ぎていた。まだ美織さんは帰ってこない。前に『遅くて六時過ぎ』と言っていたので、今日はおそらく緊急事態だったのだろう。 その後すぐに『あと三十分くらいで帰ります』と美織さんからメールが入った。『気を付けてね』と返信したあと、絢音ちゃんに手伝ってもらって食器を片付けた。 二人でリビングのソファーに座り、一緒にテレビを観る。テレビといってもアニメの録画なのだが、再生までの操作を普通にこなす絢音ちゃんに少し驚いてしまった。いや、私が子供を見くびっているだけなのだろうか。 「ねぇはる」 「ん? なに?」 「あのね、ママのこと好き?」 突然、単刀直入にそう聞かれてしまい、さすがの私も答えに迷ってしまった。子供は前置きも何もないので急にドキッとさせられる。 「……え、そりゃまぁ。なんで?」 「じゃあママを守ってあげて。パパいなくなっちゃったから」 「でも、私じゃパパになれないよ? パパじゃなくていいの?」 「パパはママ泣かせるからイヤ。はるは助けてくれるもん」 すると、絢音ちゃんは私の腕にギュッとしがみつき、そのまま甘えるように私の胸に顔をうずめた。 言葉と本音が裏腹なのはその行動で分かる。 絢音ちゃんだって、両親が離婚して寂しくない訳はないのだ。それは美織さんも痛いほど分かっているはず。それでも彼女が離婚を選んだのは、綺麗事では済まされない複雑な事情があるからだ。 私の腕の中で、泣きもせずに甘える様子を見ていると、私も切なくなって絢音ちゃんをギュッと抱きしめた。 と、そこへ。 玄関の方から鍵が開く音がした。美織さんが帰ってきたようだ。 「ただいま。二人とも待たせてごめんね」 「おかえり。残業お疲れ様でした。珍しいね、こんなに遅くまで」 「システムに不具合出ちゃって。周りに羽留ちゃんみたいな専門家いなくてさ。業者呼んでたら遅くなっちゃった」 「あー、大変だったね。直った?」 「うん、なんとか。あ、羽留ちゃんありがとう。カレー作ってくれたんだね。絢音の相手もしてもらって。ほんとに助かるよ」 「ふふ。今日は先生に褒められたよ」 「ん? ……絢音どうしたの?」 絢音ちゃんの変わった様子に気付き、美織さんは少し驚いたような顔をした。さっきからずっと、私のお腹にしがみついたままなのだ。 「あはは、いや大丈夫。あとでね」 「……分かった。絢音? もう寝るの?」 「ううん。お風呂入る」 「じゃあ行ってらっしゃい。ドア開けておいてね」 「うん」 すると絢音ちゃんは、私を離れてタンスからパジャマを取り出し、一人で浴室へ向かった。この年頃に自分がどうだったかは覚えていないが、ぬるま湯で育った私よりも自立心が強い子なのは確かだ。 「もう一人で入れるんだ?」 「最近独り立ちした。一緒に入るの嫌がるようになって」 「大人になりたいのかな」 「そういうお年頃なのかもね」 「ところで美織さん、絢音ちゃんになんか言った?」 「なんかって、私たちのこと?」 「うん」 「何も話してないよ。なにか言ってた?」 これを話すのは少し気が咎めたが、このまま黙っている訳にもいかないだろう。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!