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美織さんの厳しい指導のおかげで効率良く調理を終え、ドキドキしながら絢音ちゃんに振る舞った。一口食べた感想を聞きたくて、恐る恐る問いかけてみる。
「……絢音先生、美味しい?」
「うん、おいしい。はる上手になったね」
「えへへ。ありがとう」
子供に褒められて調子に乗ってしまったが、よくよく考えたらカレーを失敗する方が難しいだろう。
それでも美味しそうに食べてくれるのはやっぱり嬉しい。にんじんも喜んで食べている。頑張って星形に切った甲斐があったようだ。
食事を終えた頃には、既に七時を過ぎていた。まだ美織さんは帰ってこない。前に『遅くて六時過ぎ』と言っていたので、今日はおそらく緊急事態だったのだろう。
その後すぐに『あと三十分くらいで帰ります』と美織さんからメールが入った。『気を付けてね』と返信したあと、絢音ちゃんに手伝ってもらって食器を片付けた。
二人でリビングのソファーに座り、一緒にテレビを観る。テレビといってもアニメの録画なのだが、再生までの操作を普通にこなす絢音ちゃんに少し驚いてしまった。いや、私が子供を見くびっているだけなのだろうか。
「ねぇはる」
「ん? なに?」
「あのね、ママのこと好き?」
突然、単刀直入にそう聞かれてしまい、さすがの私も答えに迷ってしまった。子供は前置きも何もないので急にドキッとさせられる。
「……え、そりゃまぁ。なんで?」
「じゃあママを守ってあげて。パパいなくなっちゃったから」
「でも、私じゃパパになれないよ? パパじゃなくていいの?」
「パパはママ泣かせるからイヤ。はるは助けてくれるもん」
すると、絢音ちゃんは私の腕にギュッとしがみつき、そのまま甘えるように私の胸に顔をうずめた。
言葉と本音が裏腹なのはその行動で分かる。
絢音ちゃんだって、両親が離婚して寂しくない訳はないのだ。それは美織さんも痛いほど分かっているはず。それでも彼女が離婚を選んだのは、綺麗事では済まされない複雑な事情があるからだ。
私の腕の中で、泣きもせずに甘える様子を見ていると、私も切なくなって絢音ちゃんをギュッと抱きしめた。
と、そこへ。
玄関の方から鍵が開く音がした。美織さんが帰ってきたようだ。
「ただいま。二人とも待たせてごめんね」
「おかえり。残業お疲れ様でした。珍しいね、こんなに遅くまで」
「システムに不具合出ちゃって。周りに羽留ちゃんみたいな専門家いなくてさ。業者呼んでたら遅くなっちゃった」
「あー、大変だったね。直った?」
「うん、なんとか。あ、羽留ちゃんありがとう。カレー作ってくれたんだね。絢音の相手もしてもらって。ほんとに助かるよ」
「ふふ。今日は先生に褒められたよ」
「ん? ……絢音どうしたの?」
絢音ちゃんの変わった様子に気付き、美織さんは少し驚いたような顔をした。さっきからずっと、私のお腹にしがみついたままなのだ。
「あはは、いや大丈夫。あとでね」
「……分かった。絢音? もう寝るの?」
「ううん。お風呂入る」
「じゃあ行ってらっしゃい。ドア開けておいてね」
「うん」
すると絢音ちゃんは、私を離れてタンスからパジャマを取り出し、一人で浴室へ向かった。この年頃に自分がどうだったかは覚えていないが、ぬるま湯で育った私よりも自立心が強い子なのは確かだ。
「もう一人で入れるんだ?」
「最近独り立ちした。一緒に入るの嫌がるようになって」
「大人になりたいのかな」
「そういうお年頃なのかもね」
「ところで美織さん、絢音ちゃんになんか言った?」
「なんかって、私たちのこと?」
「うん」
「何も話してないよ。なにか言ってた?」
これを話すのは少し気が咎めたが、このまま黙っている訳にもいかないだろう。
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