20人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
Introduction
人間は死の直前に自分が過去に生きて来た過程（記憶）をフィードバック（走馬灯のように）して見ることが出来るという。未だにそれは科学的には実証されてはいない。
仮説では死に直面する瞬間を脳が察知し、苦痛を和らげるために脳内からアドレナリンやモルヒネの八十倍といわれているβエンドルフィンが大量に分泌されるのだとか。それによって起こる幻覚作用だという説もある。
それは全ての人間のDNAに自然とプログラムされているのだ、という仮説。
ケイは今、弾丸の雨を身体中に浴びて断ち切れかけた意識の中でそのことを考えた。「ヤバい、殺られる」と感じた瞬間、マシンガンの耳をつんざく様な轟音が自分とは無関係の場所で鳴っている感覚。弾丸は間違いなく自分の身体にめり込んで行ってるというのに……。蜂の巣にされるとはまさにこの事だろう。痛覚はもはや機能不全。そして、自らの死を、誰からも語られない真実の扉を開けようと……する時……が……やって……来たのだ……と。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
米国の都市、Nシティ。世界有数の観光都市として、また世界の金融、経済市場の中心とされていた時代もあった街。現在、金融市場の中心となっているのは石油原産国の中東だ。この街が飽和状態となり、Nシティと呼ばれるようになった頃からいつしか富のある者たちは次々と中東のアラブやドバイに移り住んで行った。入れ替わるようにやって来たのは世界中から行き場を失くしたいわゆる〈漂流者〉と呼ばれる様な無国籍の人間たちだ。どこの国も貧富の差が拡大してからは漂流者たちは増加した。ここNシティも例外ではなかった。
すっかり世界の金融市場の主役の座を明け渡した感のある街だが、それでもまだ一部の〈変わり者〉と呼ばれている富裕層はこのNシティという街の依存から抜け出すことが出来ないでいる。もちろん、それなりに世界的にも有名な大企業の本社もまだ存在してはいるが。ただ、治安は最悪と言っていい。
Nシティと呼ばれる以前からこの街は治安が悪かったが、現在のNシティは以前の比ではないくらい酷い有り様になった。今日も街では昼夜問わず銃声が鳴り響き、ドラッグの売人たちは大手を振って商売している。
このシティで漂流者たちが生き残るためには、命の切り売りは必然だ。東洋のちっぽけな島国から流れ着いた少女にとっては想像を絶する程の厳しい環境だった。だが、それでも彼女は生き残って来た。とりあえず今日までは……。
最初のコメントを投稿しよう！