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Episode 18 交渉の行方
「お二人とも飲み物は?」
ベンジャミンの問いかけにレイラは紅茶、ケイは水を頼んだ。ベンジャミンはテーブルに備え付けられている箱型のインターホンの様なボタンを押し、どこかへ飲み物の種類を告げている。長いデスクを縦に左右向かい合うようにして着席したベンジャミンと反対側のケイとレイラ。
ガラス張りの会議室の横の廊下をキャスター付きの小型テーブルにポットやティーカップ、コーヒーメーカー、ミネラルウォーターの瓶、乾杯でもするつもりなのか、氷を入れた銀の容器にシャンパンが斜めに顔を覗かせているなど、様々な種類の飲み物を運んで来たスーツ姿の男と、その後からブリーフケースを持ったビジネスマン風の男が横切るのが見えた。そのまま会議室のドアをノックし、二人が入って来る。飲み物が乗せられたテーブルはベンジャミンの隣まで運ばれ、男に耳打ちすると、レイラとケイの飲み物を用意し始めた。ビジネスマン風の男は無言のままベンジャミンの隣に座った。ベンジャミンは二人分のコーヒーカップにコーヒーを注ぐと、隣に座った男を紹介した。
「私の顧問弁護士です」
ベンジャミンに紹介された男は立ち上がりケイとレイラにそれぞれ名刺を渡した。名刺にはシティでも有名で、ケイでさえも目にした事のある一流弁護士事務所のロゴマークが印刷されていた。
「まずはリチャード氏が亡くなられた事に関してはとても残念に思います、心からお悔やみを」
ベンジャミンの言葉に頭を下げたレイラ。そのまま口を開いた。
「リチャードは今回の利権取引きに関していくつかの条件を私に残しました。仮に譲渡する場合は金額の問題ではなく、使用目的を重視するように、と」
「使用目的?」
ベンジャミンは首を傾げる。レイラはケイの耳元で「資料をお願いします」と囁いた。ケイはビリーDから預かったアタッシュケースを開き、中にある資料の束をレイラの眼前に置いた。レイラは資料の中から一冊のパンフレットをベンジャミンの前に差し出した。リチャード財団が運営する医薬品開発メーカーによる医療用電脳ドラッグに関する研究結果である。ベンジャミンは資料を手に取り興味深そうにページをめくって行く。
「なるほど、医療用としての電脳ドラッグ開発まで行なっていたとは知りませんでした」
「あくまでもまだ治験段階です、今後はこれを継続し、最終的には国の認可を得たいとリチャードは考えていました。これを継続して行なう事が譲渡の最優先事項です」
「では具体的な譲渡額の提示は?」
「金額の問題ではありません」
レイラが続けて言う。
「既存のドラッグ売買としてお考えならば私どもは譲渡を考えておりません」
ベンジャミンの隣に座る弁護士がそこで初めて口を開いて会話に割って入る。
「いずれにせよ、利権を手にした場合、それをどう使用するか、目的は不問です。そうでなければ利権の意味がないでしょう」
ケイが弁護士を睨めつけた。こいつ、明らかに小馬鹿にしてやがる……。
「それじゃ交渉決裂という事で」
ケイがそう言いながら立ち上がった。レイラは驚いている。ジャックの声がケイのイヤホンを通して囁く。
「イラついちゃ駄目だ、ケイ! 奴らの思うつぼだ」
ジャックの言葉には耳を貸さず、レイラの腕を掴み「こんな連中と取引きしても無駄だよ、こいつらが電脳ドラッグをまともに利用するとは思えない」
ケイがレイラを立たせると、ベンジャミンが慌てて止めに入った。そう簡単に無かった事には出来ないとでも言いたそうな表情だ。ジャックはシャドーウェブ内が慌ただしく動き出したのを感じた。ワゴン車に待機しているロブとビリーDに告げた。
「マズいぞ、ケイがキレて連中が騒ぎ出した」
「上等だ、シナリオ通りじゃねえか」
ビリーDは直ぐに携帯端末でビルを取り囲む仲間たちに号令を出した。周囲に停まっていた車のドアが開き、銃を手にした男たちが降りて来て、次々とビル内に向かい歩き始める。ビリーDはオートマチックのショットガン(自動式散弾銃)を持ち、後に続いた。
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