Episode 3 電脳ドラッグの闇

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Episode 3 電脳ドラッグの闇

 Nシティの外れ、Q区域にある国際空港からいかにも金持ちらしい中国人観光客の中年夫婦を拾ってNシティの中心街で降ろしたタクシードライバーのアピス。言葉が通じない事を良いことに運賃の半分もあるチップをまんまとせしめて上機嫌でシティを南下して行った。一台のモーターバイクに跡をつけられている事にまだ気づかない。  R通りで信号待ちしていたところにスッと横づけして来たケイのモーターバイク。コンコンと運転席の窓を叩かれたアピス、フルフェイスのヘルメットのフェイスガードを上げたケイの顔を見て青ざめる。 「よ、よお、ケイじゃねえか、奇遇だな」 「奇遇でもなんでもないよ、ちょっとツラ貸しな」  近くの公園脇に半ば強制的に車を停めさせられたアピス、東洋人は他の国の人種より幼く見えてしまうが、ヘルメットを外したケイはショートヘアーの髪型からも更に拍車がかかってそう見えてしまう。ケイはバイクから降りてラッキーストライクを一本くわえ火を点けた。 「景気はどうだい?」 「ああ……まあまあかな、へへへへ」 「観光客をカモるなんて相変わらずタチが悪いことしておいて、まあまあかよ?」 「見てたのかよ、人が悪いぜ、ケイ」 「今のシティであんたたちが食べていけるのは観光客のおかげだろ? それとも何、売人の方が儲かるから関係ないってか?」 「皮肉かよ、それを言うなって」 「ま、私は警察でもないし、偉そうな事は言えないけどね」  アピスの職業は二つ、タクシードライバーと(ヤク)の売人、だ。  昔は職にもありつけない漂流者が溢れていた……自分の母親みたいに。  ケイはそうやって昔の記憶を辿る時がある。ケイが母親と二人でこの街に流れ着いた当時、まだNシティと呼ばれる以前の話しだ。当時、まだ4、5歳だったケイはおぼろげに記憶している。毎日とにかく飢えていた……一日一食か二食、例え粗末な物でも食事に有りつければその日は最高にハッピーだった。今でこそシティは国籍不明なんて当たり前の街だが、当時はまだ人種差別がまかり通っていた時代だ。それを考えれば今のシティは国籍不明、不法滞在だろうが何でも有り、その気になれば良い暮らしも出来る、異国から流れ着いた漂流者たちにとってはまさにパラダイスだ。 「ところでさ、あんた電脳ドラッグを扱ってるだろ?」 「ああ、まあな、欲しいなら安くしとくぜ」 「馬鹿、そんなんじゃねえよ。最近電脳ドラッグ絡みの事件や事故がシティで蔓延してるって噂、聞いてるだろ?」 「ああ勿論さ、でもいつだってドラッグが絡めば犯罪がついて回るのは世の常だぜ。観光客だって同じさ、金持ちの観光客はどんどんこの街に金を落とす、街に活気があれば俺もあんたも食いっぱぐれる事はない、ドラッグだってそうさ。何か手を打たないと人も金も今や全部中東地域に持って行かれちまうんだぜ、ドラッグはそういう連中をシティに釘付けにするための道具、石油みたいな物さ」  アピスは悪びれる様子など微塵もなく言った。むしろ誇らしげだった。ハンドルに覆いかぶさるようにして行き交う人々を好奇心旺盛な眼差しでキョロキョロと見つめる。まるで子供のようだった。 「フン、そのドラッグで釘付けされたシティの人間を何人廃人にするつもりなんだい? 流行りの電脳ドラッグだってそうさ。聞いた話しだとネット空間から戻れなくなった人間がかなりいるって話しだよ」 「ケイ、売人がそこまで気をつかってたら商売にならねえぜ、そのくらいわかるだろ? だいたい電脳ドラッグは警察との利権で成り立ってるんだぜ」 「なんだって? あんた、今なんて言った?」  売人が電脳ドラッグを売り、それを買った依存者がネットの中で漂流しこちらの世界に戻れなくなる。シティで最近良く聞く話しだ。そういう人探しを頼む依頼人はだいたいその身内の者だが、依頼人はその手の事に長けたプロに泣きついて来る。依頼を受けたら依頼料の何割かをハネて下請けに仕事を投げる、ケイのような漂流者たちに……。元請けにとってはボロい商売だ。さすがに警察からその手の仕事は回って来てはいないが、まさか電脳ドラッグが警察の利権絡みとはケイにとっては初耳だった。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「ったく、日曜だってのに仕事熱心で結構なこった。日本人が働き蜂だと聞いたことはあるがどうやら事実みたいだな」  ペドロはシャッターを押し上げながらスペイン語訛りの英語でブツブツと皮肉を言った。夜、シティのB地区、ケイの住むアパートと同じ地区の河沿いにあるペドロの裏の仕事場でもあるガレージにケイはやって来た。 「こっちは土日以外昼間は真っ当に働いてんだ、お前らみたいにのらくら自由にやってるわけじゃないんだぞ!」  日曜の夜に呼び出されたペドロは機嫌が悪かった。普段、シティの警察署で右往左往と忙しい毎日を送るペドロ。だが、ケイもそれ以上に機嫌が悪い。  ガレージのシャッターを開け、中に入ったところでペドロは後頭部に冷たい物が当たる感触を得た。ケイがガバメントの銃口を突き付けていた。 「オイオイ、何のつもりだ、ケイ?」 「シティに流れ着く漂流者は多かれ少なかれ傷を持ってる、けど、そんな事いちいち気にしてたらここじゃ生きていけない……。ペドロ、あんたは私みたいな異国からの漂流者に良くしてくれた、それは感謝してるんだよ、マジでね。でも、今回の件に関してはちょっと話しは別だよ。あんた、電脳ドラッグの話しを聞いてるだろ? 警察の利権絡みってのはマジなのかい?」 「お前、誰に何を吹き込まれた?」 「言いたくないなら良いさ、あんたの頭に今回請けた仕事の報酬分の弾を領収書替わりにぶち込むから数えてみるかい? マガジンひとつ分もありゃ充分だから安心しな」  ケイがガバメントの撃鉄をカチャリと起こす乾いた音がした。 「落ち着けよ、ケイ、わかった、わかったって!」
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