Episode 5 仕組まれた罠

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Episode 5 仕組まれた罠

 アニエスがビルの正面玄関から出て来た。ペドロから聞いた話しを元にシティのギャング共を強襲し、ようやく聞き出した情報で、アニエスの表向きの顔を知ったケイ。 「まさか一流企業の社長秘書とはね」  アニエスが乗り込んだタクシーの跡をモーターバイクで追尾するケイ。 「予想通り、例の東洋人の女が網にかかったようです、跡を追って来ます」  アニエスはケイの尾行に勘づいていた。携帯端末であの初老の紳士に報告する。 「……意外と早かったな、では後は手はず通りで」  そう言って通話は切れた。 「勘弁してくれ、ペドロ、どうしようもなかったんだよ、奴らに脅されてこうするしかなかった」 「ちくしょう糞ったれが! 俺は一杯喰わされてたってわけか!?」  便利屋のトーマスが白状した。全ては指図された上でのケイとペドロの情報流し。ペドロはトーマスを突き飛ばすと「信頼関係を簡単に裏切るような奴とは二度と仕事はしない、それが俺の流儀だ。サッサと失せやがれ!」  ガレージからトーマスを叩き出したペドロは地下室に戻った。ケイは最初から裏があるのは見抜いていたのだろう。自分なんかよりあんな小娘の方が賢かったとはヤキが回ったな、とペドロは思った。だから敢えてケイはこちらからの連絡を無視してるのか? 俺に火の粉が及ばないように。  ペドロは一人、ガレージ内の椅子を蹴飛ばしながら叫んだ。裏の仕事用に作られた地下室はコンピューター、サーバー、数台の大型モニターなどが並ぶちょっとしたコンピューター室だ。  ペドロは気を取り直しキーボードを叩いてモニターにNシティの地図を映し出し、さらに周辺地域を拡大する。Nシティの周りは河で囲まれており、外側の区域からシティの中心区域への侵入経路はいくつかのブリッジを渡るか、地下鉄を使うしかない。それらが全て閉鎖されてしまうとNシティは陸の孤島と化す。  シティの5ストリートを北上する赤いポイントがあった。そしてもうひとつ表示されたポイントはビッグパークという公園を挟んだ反対側の8ストリートを同じく北上している車輌。それがケイだということは疑いようもなかった。 「ケイ、応答しろ! 緊急事態だ!」 「ペドロ? 今は忙しいんだ、後にしてよ」 「お前、なぜ情報を知っていたのを黙っていた? 今直ぐに引き返せ!」 「そいつは無理な話しだね××××××」 「ケイ、おい、聞こえてるのか? ケイ!」  雑音とともに通信が遮られた。モニターが一斉にノイズを起こし、やがて薄っすらと、そして鮮明に映し出された顔。アニエスだった。 「残念ね、ペドロ。日本人の情が移ったのかしら。それが命取りよ」 「アニエス! お前何を企んでる?」 「人聞きが悪い言い方は止してちょうだい。これは私の大事なビジネスよ」 「何がビジネスだ! お前誰に頼まれた? アニエス、いつからお前はそんな風になっちまったんだ? 少なくとも俺が知ってるお前はそんな女じゃなかったぞ!」 「それはあなたも同じよ、ペドロ。昔のあなたは安っぽい情に絆されるような人じゃなかったわ」  ペドロは無言のままモニターで冷笑するアニエスを睨んでいた。 「チェックメイトね、ペドロ。あのお嬢ちゃんをしばらく借りる事になるわ」 ※※※※※※※※※※※※※※※※※  ケイは車を追跡しながらどんどん8ストリートを北上する。所々の地下鉄入口付近に人々が溢れている様子が目立って来た。道路も渋滞している。夕方のラッシュアワーにはまだ早い時間帯だ。 ケイの追う車も渋滞の真っ只中で動きを止めている。ケイはバイクの隣に並んだ車の窓を身体を斜にしながら叩いた。若い運転手の男が窓を開ける。 「なんかあったの?」 「内外のシティ侵入経路が道路、地下鉄と全部封鎖だってよ、ラジオで流れたぜ」 「原因は?」 「そんなの知るかよ!」  ケイは腕組みしながら思案した。と、「しゃーない、やるか?」とバイクを渋滞の車列を縫うように走らせて、追尾していたタクシーの真横に付けた。バイクを降りると後部座席の窓を叩く。反応はない。「ちっ!」と舌打ちしたケイは懐からガバメントを取り出しグリップで窓を叩き割った。素早くドアロックを解除し、後部座席に乗り込むと乗っていた筈の黒人女がいない、どこで巻かれた? 否、そんな筈はない。ケイは乗っていた初老の紳士の頭にガバメントの銃口を突きつけた。 「いきなりなんの真似かね? お嬢ちゃん」 「惚けんなよ、爺さん、あのアニエスとかいう黒人女はどこへ行った?」 「果て、何の事だね?」 「ふざけんな、どんなトリックを使ったんだよ?」 「とりあえずその銃を仕舞いなさい、落ち着いて話しも出来んだろ」 「いや、駄目だね、答えが先だよ」 「仕方ない……そこまで言うなら着いて来なさい。間もなくこの渋滞も終わる」  初老の紳士が言うように前方の車が動き出した。まるで計画されたような渋滞だ。ケイは舌打ちしながら車から降り、バイクに跨った。走り出した初老の紳士が乗るタクシーが動き出す。今度はタクシーの横を並走するようにゆっくりとバイクを走らせた。  Nシティを抜けケイの住んでるB地区とは反対側のブリッジを渡り、タクシーは隣の州へ入った。シティのビル街とは全く異なる緑が豊富な静かな街だった。タクシーはその中でもポツンと建っている洋館の前で止まった。大きな門が自動で開くと、タクシーは中へ入って行く。ケイのバイクも後に続いた。広々とした庭園。中央には噴水まである。屋敷の正面に車をつけると玄関先で待っていたように出迎えたのは四十代くらいの美しい白人女性だった。  初老の紳士が車から降りると、何やらケイの方を向いて話をしている。初老の男は先に屋敷の中へ入って行き、女性の方がゆっくりケイの元へ近づいて来る。 「はじめまして、遠いところをご苦労様でした。さあ、中へお入り下さい」  ケイはその丁重な扱いぶりに些か拍子抜けした気分だった。バイクから降りると女性の後について屋敷の中へ案内された。  中は広々とした空間で骨董品やアンティークなどの高価そうな美術品が多数目についた。居間のような豪華なソファーがある部屋に案内されると、「お飲み物は何が良いかしら?」と聞かれたケイ。「お構いなく、それよりあの爺さんを呼んでくれ」と答えた。いったいなんなんだ、ここは? ケイは落ち着かなかった。  しばらく待っていると奥の部屋から初老の紳士がやって来た。 「待たせたね、いろいろ忙しい身なもんでな」 「どんなトリックを使ったかはこの際どうでも良いや、あの黒人女はどこへ行ったんだい? そもそもあんた何者だよ?」 「すまんが、全員揃ってからにせんかね? その方が手間が省ける」 「全員?」  ケイはその言葉に違和感を覚えた。が、その答えは直ぐにわかった。やがて外から使用人だろうか、スーツ姿の男に先導され入って来たのはあの黒人女、アニエスだった。 「勇敢なお嬢ちゃんね、わざわざ一人で追って来るなんて」 「フン、上手いこと巻いてくれたじゃん、奇術でも使ったのかい?」 「威勢が良いのもそこまでよ、お嬢ちゃん」
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