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Episode 6 Two jobs in the N city
「本来はそこにいるアニエスにお嬢ちゃんの件は任せるつもりでおったが、なかなか予想以上に賢いようだ、恐れ入ったよ」
ケイの眼前に座った初老の紳士、歳は七十代といったところだろうか。奥から最初に玄関で出迎えた白人の女性がカートに紅茶らしき類が乗った物をゆっくりと音も立てずに押して来た。テーブルに置かれた三人分のカップにそれぞれ紅茶を注ぐと一礼して去って行った。そこで初老の紳士は初めて"リチャード"と名乗った。
「警察からいろいろ雑仕事の依頼を請負ってるそうな、それは事実かね?」
「ああ、事実だよ。それよりさ、いったいあんた何者なんだい?」
「私かね? そうじゃな、まあ歳老いた商売人、といったところかの」
「商売人ね、それはドラッグを含めてって事かい?」
「うむ、まあいろいろとな」
「そこにいる黒人のベッピンさんとは商売仲間ってわけか?」
ケイがアニエスに視線を向ける。アニエスはケイを睨み返して来た。
「あなた、失礼よ。少しは場をわきまえてモノを言いなさい」
「おーコワ、そもそもあんた凄腕のハッカーなんだってね? 昼は一流企業の社長秘書、夜は凄腕ハッカー、か。なるほど、シティらしいじゃん」
「どうじゃろう……」と、リチャードが口を開いた。
「警察の方とは別に今後は私の方の仕事も請け負わんかね?」
「私の依頼料は高いぜ」
ケイはそう言ってライダースの革ジャンの懐からラッキーストライクを取出し一本加えた。が、オイルライターを出したところでアニエスに「ここは禁煙よ」と制止させられた。舌打ちをするケイ。
「もちろん、報酬は警察の仕事を請け負うより遥かに高い事は保証しよう」
「良いんですか?」
あまりに簡単にケイを認めてしまうリチャードの態度にアニエスが不安になる。
「こうして直接会ってみたが、別段他意はないようだし、何よりこの娘の度胸には感心させられたよ」
ケイは二人のやりとりを聞きながらニヤニヤしている。
「それと先に言っとくけどさ、私は売人はやらないよ、引き受けるのはドンパチ絡みの仕事だけだぜ」
「フム、よかろう、承知したよ」
リチャードはアニエスと連絡を取り合う様に指示をしアニエスがケイの携帯端末の連絡先を聞き出した。仕事の件はアニエスから追って連絡をさせると答え、「OK、商談成立だね、そんじゃ私はこれで……」と言ってケイは立ち上がり部屋を出て行った。
屋敷の玄関先に停めていた愛車のバイクに跨りヘルメットを被る。改めて屋敷を見上げるケイ。今ひとつ得体の知れないあのリチャードとかいう初老の男と黒人女のアニエス、とりあえずペドロの仕事とこっちの仕事で当分食いっぱぐれは無さそうだ、とケイは思いながらバイクをスタートさせた。
「良いのですか? 簡単にあんな漂流者の娘を引き入れてしまって」
「まあ、様子見がてらやらせてみようじゃないか。君にはスマンがフォローの方を頼むよ」
「承知しました」
アニエスは仕方なくケイを使う事に承諾した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「なんだと? それで引き受けちまったのか?」
ペドロが叫んだ。ペドロのガレージ……。
「だってさ、報酬だって今よりかなり貰える約束だぜ、断わる理由がないじゃん。まあ、あんたの仕事と掛け持ちになるからちょっと忙しくなるけどさ」
「そんなのはどうでも良い、それよりお前が利権争いに巻き込まれるのが心配なんだよ、俺は」
シティで流行りの電脳ドラッグ、これには二つの組織が利権争いに絡んでいる。一つは警察署の上層部、中でもその中心人物がNシティでペドロの上司にあたる警察署長フォレスト、そしてもう一つが財閥の初老の紳士リチャードだ。どちらにもそれぞれが傘下に敵対するギャング集団を抱えている。
「敵対する二つの組織の仕事を両方請け負うんだぞ、それがどういう事になるか考えたのか? 危険性が増す事になるんだぞ」
「そんなのは百も承知してるよ」
ペドロはケイの言葉を聞いて諦めた。
「ったく、お前には呆れるぜ。とにかく充分気をつけることだ、俺にはそれしか言えん」
「そういやぁ気になってたんだけどさ、あの黒人女、あんたとどういう関係なんだい?」
「アニエスか……話せば長いが、まあ昔の仕事仲間ってとこさ」
数日後、シティの中でも一等地にあるアニエスの高級アパートにケイは呼ばれた。窓からはシティのビル群の夜景が一望出来る部屋。広さだけでもケイのアパートの部屋の何倍あるのだろうか? と、ケイは思った。
「へえー凄えー、私のボロアパートとは段違いだね」
ケイは窓に張り付いて一望出来る夜景に見入った。アニエスは今夜リチャードの仕事は初となるケイに釘を刺すべく注意事項を話し始めた。
「簡単に説明するから良く聞きなさい、今夜の仕事は電脳ドラッグの受け渡しよ。納品するブツを相手が確認して問題なければ代金を支払って終了。あなたの役目は万が一トラブルになった時に私をフォローする、言わばボディガードね」
「ふ〜ん、なんだ、簡単じゃん」
「良いわね、私が合図しない限りは絶対ヘタに攻撃しないこと、絶対よ」
アニエスはケイに念を押すが、ケイは豪華なアパートメントの部屋に興味津々で上の空だった。が、不意に思い出したかのようにアニエスに問いかける。
「ところで、肝心な事を聞き忘れてたけど今夜の仕事の報酬、私はいくら貰えるのさ?」
「初めてだから、とりあえずあなたの報酬は5千ドルよ」
「ご、5千ドル!?」
ケイは金額を聞いて仰天した。ペドロの仕事一回分のおよそ10倍だ。ケイは俄然とやる気が出て来た。
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