Episode 7 撃ち返せ!

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Episode 7 撃ち返せ!

 シティからブリッジを渡りアニエスの運転する車はQ区域の寂れた倉庫街に到着した。約束の受け渡し時間には20分早く着いた。車の中でアニエスは準備を始める。ケイはそこでアニエスが電脳者だという事を初めて垣間見る。肩まである天然パーマの左側の髪を上げると左耳のピアスがチラついた。耳たぶの後ろに人口型の丸いソケットが顔を出した。 「ええ――、あんた何よそれ? もしかして電脳?」 「ハァ? 言ってなかったかしら」  ケイの目はアニエスの耳元に釘付けになった。後部座席からラップトップを取り出し、カチャカチャとキーボードを叩きダッシュボードから短めのケーブルを一本引っ張り出すと片側をラップトップ端末に繋げ、もう片方を耳元のソケットに繋げる。アニエスは馴れた手つきで再びキーボードを叩き始める。端末の画面には細かいアルファベットや数字が羅列し上から下へ流れて行く。画面を見てもケイには何がなんだかわからかった。アニエスは「良し、OKね」と呟いて耳元からケーブルを抜いた。  時間ちょうどに反対側からヘッドライトがこちらに近づいて来るのがわかった。ケイとアニエスが乗った車の正面10メートル付近に向かい合うように停車する。両車輌ともヘッドライトは点けたままだ。ケイはまず相手の人数を確認する。降りて来た三人と運転手が一人だ。「行くわよ」とアニエスがケイを諭した。手にはアタッシュケースを持って小脇にさっきのラップトップを抱えている。 「よお、ベッピンさんのアニエス、相変わらず美しいね」  先頭のひと昔前のような安っぽいジャケットを着たキザな男が大袈裟に、まるで素人劇団の役者のように両手を広げながら言った。ケイは出て来た三人を素早く観察した。先頭の男が丸腰なのは身のこなしの動作でわかる、両側に立った方の右の男はバランスの悪い立ち方をしてる、おそらく片方の懐と腰だめに二丁だ、左側の男は胸の膨らみ具合から見てもホルスターを着けている、両サイドに一丁づつ……か。 「こんばんは、カークさん」 「おっと、そちらのお嬢ちゃんは初顔だな、どなたかな?」 「新人のアシスタント、ケイよ」 「東洋系か、嫌いじゃないぜ、are you chinese?(中国人か?)」 「No, I'm a fuck'ing Japanese!(いや、糞ったれの日本人だよ!)」 「オー、ジャポーネ? ソニー、フジヤーマ、スーシー! これは失礼、お嬢ちゃん」  男はこれまた大袈裟に深々と頭を垂れた。いちいち鼻につく野郎だ、とケイは思った。この手の男は口に出す言葉とは真逆の考えが常だ。(東洋系は嫌いだぜ、まさか中国人? へえー日本人かよ、ソニーはどうしちまったんだ? いったいフジヤマってのは何だ? スシなんて生魚を良く食えるよな) 「それじゃ、モノを確認してもらえるかしら」  アニエスがここまでの事はなかったかのように切り替えて、カークと呼んだキザ男に話しかけた。カークは右側の男に向かって指を弾いた。右側の男がアニエスとケイの方に向かってゆっくりと歩き出した。アニエスも歩幅を小さく前に進む。ケイは動かない。が、いつでも臨戦態勢に入れる自信はある。右手の指をゆっくりと解すケイ。  アニエスの正面に立った男にアタッシュケースの中身を開いて見せる。ケイの位置から中身は見えないが、透明で真空管を指くらいのサイズにしたプラグ状のモノが一本入っているだけだった。男はその一本を首元のソケットに差し込みラップトップから垂れているケーブルを更にもう一つのソケットに差し込んだ。キーボードを軽く叩いてラップトップ画面を確認する。 「……OK、では支払いを」  アニエスが差し出したラップトップにパスワードらしき数字を入力しエンターキーを押す。ラップトップの画面に0の数字が現れたかと思うと、ストップウォッチのタイマーの様に数字がどんどん上昇し六桁の数字で止まった、約10万ドル……。電子マネーでアニエス側の口座に入金された金額だ。  静まり返った倉庫街……否、微かに音がする、何の音だ? ケイは周囲に視線を巡らせる。  アタッシュケースを受け取った男がキザ男に親指を立てた。取引き終了だ。ケイが身構える。次の瞬間、それはやって来た。音の主は突然上空からサーチライトを照らして現れた二機の攻撃型ドローンだった。『コチラハ、Nシティケイサツ、コチラハ、Nシティケイサツ、ブキヲステトウコウセヨ、ブキヲステトウコウセヨ』  二機のドローンは二手に分かれ、アニエスとカーク側に迫り猶予を与えず搭載された連射機銃砲で発砲して来た。――ダダダダダダッ―― 「どうする、アニエス?」 「撃ち返して!」 「了解、車に避難してな」  ケイはガバメントを構え、攻撃して来る一機に向かって銃爪を弾いた。一発、二発、三発、ズドン、ズドン、ズドン! 重い銃声が倉庫街に響き渡る。放った銃弾が確実にドローンに命中する。ズドン! 四発目でドローンのエンジン部分から火が吹き出し、そのまま地上に落下した。一方でカーク達に向かったドローンと銃を持っていた手下が応戦、一人の肩にドローンの機銃砲が命中すると、次は車に向かい発砲を始めた。右往左往するカーク達面々だが、ケイが至近距離からマガジンに残った三発でドローンに致命的ダメージを与える。ズドン! 弾倉をチェンジしてセカンドマガジンの一発でドローンを粉砕した。粉々になったドローンは原形を留めず地上に散乱した。難を逃れたカークは車の影から出て来ると、散乱したドローンに唾を吐きかける。 「助かったぜ、お嬢ちゃん、あんた大した腕だ」  車から降りて来たアニエスは「警察のドローンね、直に警察が来るわ、カークさん、私たちはこれで」、とカークが「リチャードの爺さんによろしく伝えてくれ、またなお嬢ちゃん!」  各自がそれぞれの車に乗り込むと二台は急発進して元来た道を二手に分かれて倉庫街から立ち去った。
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