歌舞伎町のセラピスト

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時計の時刻は8時ジャスト。 開店時間は9時だから、1時間弱で営業が出来るように準備をしなければならない。 この作業をするのは早番の仕事で、毎日スタッフ二人体制で行われる。 私はイチゴ柄の入った紺色のスポーツバッグから制服を取り出し、素早く着替えた。 制服といっても上は店指定の空色のポロシャツ、そして下は自腹で購入したアディダスの黒いジャージズボンだ。 裸足は厳禁。ちゃんと白いソックスと見苦しくない室内サンダルを履く。 着替えが終わった頃に、もう一人の早番である古田さんがバタバタと大きな足音で店に入って来た。 「伊織ちゃん、遅くなってごめん!子供が保育園でグズってなかなか離れてくれなくて。」 「全然遅くないですよ?私も今来たばっかりだし。」 古田さんは30代後半のシングルマザーで、私と同じこの店のオープニングスタッフ。 2年前に店がオープンしたばかりの大変な時期を一緒に乗り越えた大切な仲間だ。 古田さんは店で施術を覚えた私と違って、鍼灸師の資格を持ったベテランセラピストなのだけれど、それをひけらかすこともなく謙虚で穏やかな人柄なので、安心して一緒に仕事が出来る。 「じゃ、朝の準備、さっさと終わらせちゃおうか。」 「はい!」 「伊織ちゃんの返事は、いつも気持ちがいいね。」 「それだけが取り柄ですから。」 古田さんが店内フロアに掃除機をかけ、私はその他の雑事をこなす。 バックヤードの天井近くにある祭壇の水を取り替え、邪気を払うための盛り塩を円錐形にして店の扉の下に置く。 昨夜に洗濯し干されたタオルやお客様用の着替え服を畳み、所定の位置へ仕舞う。 そうこうしているうちに、9時からのスタッフ達が出勤し始める。 この店「リリー」は20代前半から40代後半と幅広い年齢のスタッフが働いていて、男女の割合は半々といったところ。 お給料は完全出来高制で、お客様に施術をした本数に応じて支払われる。 一本は60分の施術だ。 施術内容は身体全体のマッサージ、足裏マッサージ、そして女性限定のアロマオイルマッサージがあり、店内で先輩に施術を教えて貰いながら技術を磨き、店長からの合格サインが出たら晴れてお客様に施術が出来るようになる。 私は最近になってやっとアロマオイルマッサージの合格を貰ったばかりで、日々緊張しながらもお客様に喜んで頂けるような施術を心掛けている。
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