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スマホの時刻表示を確認すると、配り始めてもうすぐ30分が経とうとしていた。
そろそろ上がろうと思っていたその時、今日初めてのその幾人かの一人が、ゆっくりと私の前に立ち止まり、チラシを受け取ってくれた。
「ありがとうございまぁす!」
そう言いながら視線を上げると、若くて背の高い男が私の顔を凝視していた。
イギリスの国旗がプリントされた白いTシャツの上に古着であろう革ジャンを羽織り、穴の空いたジーパンを履いているその男は、私から視線を外すとチラシに目を落とし、じっと内容を吟味し始めた。
緩いパーマが取れかけたような黒髪で、その透明で真っすぐな瞳は長い前髪で半分隠れていた。
その風貌は、ギターこそ背負っていなかったけれど、まだ名が知られていないバンドマン、といった感じの夢追い人に見えた。
こういう店にあまり興味がなさそうなタイプだな・・・と思いながらも、私は営業用スマイルを絶やさずに男の反応を伺った。
「これって今すぐやってもらえんの?」
男はそう言ってチラシをひらひらと揺らす。
「はい!本日は空いてますのですぐご案内出来ますよ!」
私はエサにかかった魚を逃さないように、満面の笑みでそう答えた。
「本当に一時間2980円?安くない?」
「本当ですよ。なんなら30分コースもございまして、1600円です。」
「ふーん。」
男は暫くあさっての方向を見て考えこんだあと、私に人懐っこい笑顔を見せた。
「じゃあお願いしよっかな。最近、肩が凝っててさ。」
待ち望んだ言葉に、私は心の中でガッツポーズを取った。
「ありがとうございます!このビルの6階ですので、店までご案内しますね~。」
私がビルの自動ドアを開けてエレベーターのボタンを押すと、男は素直に私の後をついてきた。
エレベーターに乗るよう男を先に促し、後から私も乗り込むと6のボタンを押した。
エレベーターが上昇すると同時に男が口を開いた。
「これ、君にやってもらうことって出来る?」
男がチラシを私の目の前に掲げた。
「ええと・・・指名料500円頂くことになっちゃいますけど。」
「それは全然平気。」
「なら大丈夫です。ありがとうございます!」
私は男に向かって大きくお辞儀をした。
客が釣れたばかりか、自分に指名が付くなんて、今日は超ラッキーデーだと思った。
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