旅のはじまり

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旅のはじまり

 少女は森の中をさ(まよ)っていた。  もうどれほどの時間を歩いただろう。着けていた腕時計はずいぶん前に動きを止めてしまった。どうやら壊れたらしい。その秒針はいまや(かす)かな振れも見せず、時の動きという(わず)かばかりの刺激さえも少女から奪い去られた。  さっきまで国道を歩いていたはずだった。ただ一本、脇道に逸れただけだった。秋の美しい紅葉に目がとまり、地面一面に色とりどりに敷き詰められた赤や黄、焦げ茶、(くれない)の絨毯に魅せられて回り道をしようとしたのだ。道のさらに向こうへ目を向ければ、そこでは木々の枝が交差し、金色のアーチを作っていた。  吸い込まれるようにそのアーチをくぐると、その先には落ち葉が木漏れ日で輝き、金に彩られた世界があった。頭上は一面、美しく色づいた落葉樹に隙間なく覆われている。空を覗かせる()はどこにもなかったが、太陽は葉を透かして光を恵み、少女を暖かく包み込んでいた。  目の前の光景に心奪われ、少女はしばらく他の全てを忘れて立ち尽くした。  ひらひらと、軽やかに葉が舞い落ちる。それはさもこの楽園に入り込んだ少女を歓迎しているようだ。  少女は落ち葉に誘われるようにさらに先へと進んでいった。アーチは木々で囲まれた部屋を作るように、幾重にも途切れなく続いている。少女はその下を通っていく。身の周りの金色(こんじき)は、いくら足を進めても輝きを失うことなく、目を(くら)ますばかりの光彩は、黄金(こがね)金赤(きんあか)、赤銅と、まるで万華鏡を回すように色を変えていった。  数十はあったかというアーチをくぐったとき、終わりは突然やってきた。  めくるめく光の変化はもはやなく、それまで目にした色彩の全てが地に散りばめられた開けた場所に出た。枝が規則的に絡み合って作られたアーチはそこで終わりだった。しかし頭上は木の葉に覆われたままであり、視線の先には、まるで長い筒の中のように、道が奥へと続いている。  少女はそこで初めて振り返った。  目にしたものに凍りつく。  来たはずの道は、跡形もなく消え失せていた。  ただそこにあったのは、光を反射して(まばゆ)いほどに輝く葉を丈高く繁らせた茂みだけ。  帰り道を失った。
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