第一章 予兆

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 八百屋の店先ではきはきと注文したのは先の少女。歳は十八。この国ではそろそろ落ち着いてもいいような年頃だ。肌の色は北国の娘らしい透き通るような白で、茶に近い髪によく映える。頬は上気して色付き、笑んだ形の唇は紅をささずとも瑞々しい。  そしてなにより人の目を引くのはその双眸。長い睫毛の下で光るのは、盛んな紅葉(もみじ)を映したような、輝くばかりの橙色。 「はいはい、毎度ありがとう。でもそんなに持っていける?」  二つ返事で答える八百屋のおかみに、少女は腕をまくって筋肉を見せてやる。 「鍛えかたならそんじょそこらの男に負けてやしないわよ。大丈夫! 追加は後でお願いするとして、まずはこのくらいならへっちゃらよ。近いんだし、ひとっ走りで帰るから!」  にっこり笑う顔には、葉っぱが陽光をはね返してあたりを照らし出すような強さがある。  おかみは注文の品を見定めながら、半ばからかい調子で尋ねた。 「今日は怒られないのかい? あたしはかばってやれないよ?」  おかみの手元を見守る少女の目は輝いて、見事に育った秋の恵みに喜んでいた。おかみの懸念を吹き飛ばすが(ごと)く、よく通る声は自信たっぷりだ。 「大丈夫大丈夫。というよりいつだって大丈夫。だって私、悪いことはしてないもの」 「と言っても、そろそろあなたさんもお年頃でしょう。少しばっかしお行儀とか身につけないと、そりゃあ皆様も心配するでしょうよ」  おかみの言葉はまるで自分の娘に向けるもののようで、それがちょっと嬉しくて、くすくす笑いながら少女は返す。 「お行儀を尽くして(うわ)っ面だけ出来上がった私を好む殿方なら、こちらから願い下げだわ。私の自然を好んでくださる方がよろしいの」  言いながら少女は優雅に礼を取ると、苦笑するおかみに支払いを済ませ、荷物でいっぱいになった買い物籠を抱えて踵を返して土を蹴る。おかみはその後ろ姿を目を細めて見送った。朝日が少女を取り巻いて、まるで少女自身が光っているようだ。  ただ、若い活力に満ちる少女を微笑ましく思いながらも、その身の上を知る者としては、やはり心配せずにはいられなかった。
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