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Le beau cauchemar(美しい悪夢)
少女時代は美しく悪い夢のようだった。
肉がつくのが間に合わないほど早く伸びる脚が地面を蹴り、ブランコは空に向かって勢いをつける。色とりどりの花を挿した長い髪が、花びらを振りまきながら風になびく。
光る金髪に目を細めていると、ブランコ漕ぎに息を切らしている少女が言う。
「マリー! 飛ぶから見ていて」
木陰で本を開いていた私は、やれやれと溜め息をつく。
「やめときなさいよ。また捻挫したらどうするの」
「挑戦はいいことよ! そこのスズランを飛び越えてみせるから!3、2——」
1でブランコから飛び上がった彼女は髪を、そしてスカートをはためかせ、スズランを小さなお尻の下に敷いた。
あいたたと唸る声が深刻でなさそうなので、ほっとする。
負け惜しみを言う彼女のもとへ行き、スカートをはたいてやっていると「かわいそうなことをしちゃった」という声に視線が白い花へと留まる。
いじらしい花々は、いまや無惨に平たくなっていた。かわいそうかどうかには答えず、ふと思い浮かんだことを言う。
「スズランは聖母の涙とも言われるのよ。確かに涙を連想させなくもないわね」
「マリーの涙! 私ならあなたを泣かせたりしないわ」
急に冗談を言われたものだから、いつもの私らしくない表情をしてしまったのだろう。
彼女はいひひ、と魔女のような声を上げて「照れた? ねえ、照れちゃった?」とうるさくつきまとった。
彼女の名はオランプ・スミス。
快活で向上心が強く、少しお調子者。そのうえ優しいものだから皆に人気があったのに、どういうわけか偏屈と敬遠されがちな私と気が合った。
私が特別好きだった、日曜の特別なおやつのパン・オ・ショコラを食べずに融通してくれるたび、Oh, mon dieu(※) ! と口をつきそうになった。
「遠慮してほしくないの。だって『チョコはそれほど』って私が食べるより、幸せそうに食べるマリーを見ているほうがずっと幸せだもん」
後に彼女が2ダースものチョコレートを机の中に隠していたことが発覚し、これが嘘だったと知る。
まったく、昔からよくわからない子。
だけど冒険が好きで窮屈な暮らしが嫌いで、どんなときも人間の善性を追求したがったオランプが、目的不明の服薬の暴力性をよしとしないのは明らかだった。
15歳の春、私たちはふたりで組んで自主断薬を行い、まんまと健康を損ねて仲良く入院した。
若さゆえの愚かしい行いは、忘れ得ぬ悪夢のように美しい思い出となった。ふたりして嘔吐を続け、膨らんでいく乳房を削ぎ落とすように痩せていったときの、あの高揚をいまだになんと言ったらいいのかわからない。
一方的に飲まされる薬を、体を勝手に肥やしていく食べ物と一緒に吐き出し、小枝のような指を絡ませ合って「今日もやったわね」とその日の勝利を祝う儀式は、私たちを世の中に抗う気高い戦士にした。
あのときの私たちは、汚らわしく不気味な世界に立ち向かう特別なふたりだった。
だけど夢は必ず覚める。どんなに美しい夢も、悪い夢も。
入院措置が解かれ、ジムナーズに復帰してからしばらく後に、運営から公式に説明があった。
私たち生徒には大きな傷となった「痛みの記憶」があり、それを眠らせておくためにこれまで謎の薬を飲まされてきたのだという。
そして、これからはその薬を断ち、記憶の傷を癒やす治療を受けて、この美しい鳥かごを出ていかねばならないのだと。
「嫌。ジムナーズを出て行きたくない。どうして私たちが『外』なんかに出て行ってやらなきゃならないの? どうして? 『外』のやつらが私たちを追いやったくせに!」
泣き続けるオランプを抱き寄せながら言った。
「じゃあ私もここにいる。あなたと一緒に、ずっと」
「マリーが? 冗談でしょ? あなた教師になりたいって、女子校の先生になるんだって言ってたじゃない」
「まだ見ぬ女の子たちとあなた、大切なのがどっちかわからない?」
ターコイズの瞳を見張った彼女と固く抱き締め合い、ひと晩中泣いた。
※Oh, mon dieu ……おお、神よ
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