正誤と美

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正誤と美

 このときの約束は果たされた。  私たちは卒業後一時は「外」で心理学を学んだものの、博士号を取得してからはジムナーズに戻り、スタッフとして勤務することになった。  やがてオランプはブリタニア(※)のジムナーズの館長に就任し、私は副館長として彼女を補佐することになったが、うまくいかないだろうことは目に見えていた。  薬の使用を必要最低限にし、生徒たちの人権を優先したい理想家のオランプと、合理性を重んじる私との間に軋轢(あつれき)が生まれないわけがない。 「目的のためには強硬策を取らねばならないときもある。それが生徒たちを守る結果になるはず」  そう助言した私に、オランプは傷ついた顔を見せた。 「そう? じゃあ私たちは充分に守られたかしら? 私、あなたとの冒険を悪かったなんて1ミリも思っていないの」  月日が経ち、私がマリアンヌ(※)のジムナーズの館長に治まったときには、互いにほっとしていた。 「就任おめでとう、マリー。あなたのほうがずっと優秀だったのに、に嫌われてちょっと遅れたわね。優秀すぎるのも考えものよ」  いたずらっぽく笑う彼女が見せた白い歯を、いまでもときどき思い出す。まるで明るい5月に咲くスズランのようだった。 fe1b48cc-6620-4edb-856e-34cab62440ff  彼女がマリアンヌを訪ねてきて、私の前で泣き崩れたのはいまから3年前のことだった。  ブリタニアの生徒のひとりが「痛みの記憶」を受け入れられずに縊死(いし)したのだ。 「結果が出たわね、私たちのどちらが正しかったか。私は間違っていた。薬を増やせと言っていたあなたが正しかったのよ、マリー」  学生時代の告知日の夜と同じく彼女を抱き締めながら、あの頃よりもずっと冷めたことを思った。    100年後の世界のためにと働いてきた私は、正直に言えば生徒の死にオランプほど深く傷つけない。  とうの昔から、大義のために犠牲が出るであろう覚悟などしていた。理想を追い求めたがゆえに犠牲者を出した彼女が間違っていて、誰も死なせていない私が正しいのか。  いまこうして苦しんでいる彼女はこんなにも人間的で、私は人の死を前に涙を流すこともできないのに?   正解か間違いか。  そんなものは、私たちが死ぬときでさえきっとわからない。  一際厳しいジムナーズで育った私たち自身、少女時代があれでよかったのかと自問自答し続けている。  でも、1つだけ確かなことがある。 「美しかったわね」  しゃくり上げていた彼女はゆっくりと顔を上げ、あの頃と同じに優しい色の瞳を私に注いだ。 「正しいか間違いか、幸せだったか不幸だったか。何もわからないけれど、私たちは美しい日々を過ごしたわね」  我ながら意味を成さないことを言ったものだと思う。  しかし、彼女は泣きはらした赤い目で窓の外を見やると、ゆっくりと頷いた。 65c07f5e-7a1f-4dcd-80ce-3910e9dcf05f  やがて柔らかな光を残して夕日が落ち、黒い森が風に揺すられ心地よい音を立てた。少女の頃以来、こんなに時間をかけてジムナーズの庭を眺めたことはなかったかもしれない。  あれから仕事以外ではオランプに会っていない。  会議で会ってもスミス館長と呼ぶ。それでこと足りている。  もう少女ではないのだから、肩を震わせて泣くことなどそうそうないのだ。 ※ブリタニア、マリアンヌ……どちらも『秘色のステラマリス』内に出てくる国名
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