黄身色に染まる

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 次週の「精神病理学の基礎」も清水は遅刻して入ってきて、鈴木と同じ長机の1つ開けた隣の席に座り眠った。ただ、先週のように直ぐに帰ることはなく、スマホを見て残念そうにしていた。  「鈴木くん、この後、時間ある?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど。」  清水がスマホをいじりながら鈴木に言う。大学から一人暮らしを始めた鈴木は急ぐほど用事はなかったが、無駄な時間を過ごす程の余裕もなかった。少し悩んで断ろうとする鈴木に、清水はもう一声かける。  「手伝ってくれるなら、夕飯くらいは奢るよ?」  それを聞いた鈴木は二つ返事で了承した。鈴木にとって一人暮らしの食費はそれほどまでに死活問題だった。  清水に連れていかれるがままに辿り着いた場所は、漫画研究サークルの部室だった。正確には、今は使われていない古い部室で、ほとんど倉庫と化していた。鈴木は清水に説明されて初めて知るくらい、普段は立ち入らない場所だ。  「ここに、皆が読まなくなった漫画とか、昔の部誌とかを残してるんだよね。漫画は毎年増えていくからね、表には全部は置いておけないんだよ。」  清水が持っている鍵の中から、どの鍵が正しいか何度も試す。  「あ、空いた。そんで、ときどき来て整理する。要らなくなった漫画は売ったり、皆が読まなくなった漫画を移動させてきたり。今日は要らない漫画を精査するだけだから。」  そう言って清水は鈴木を中へ案内して、倉庫の電気をつける。中は縦に長い作りになっていて、真ん中に一本道があり、左右に漫画の棚が高く積み上げられている。一番高い所ともなると清水には台を使わないと見えないほどで、鈴木は自分が連れてこられた意味が分かる。鈴木は背が高いというほどでもないが、何とか手が届きそうだった。  「いつも清水先輩がやってるんですか?」  清水の身長からして大変そうな雑務に鈴木は疑問を持って尋ねる。  「いいや、私は今回が3回目。新入生で入った時と、バスケで利き手を骨折した時と、今回。数か月おきにやるんだけど、部誌に載せる漫画を描く人はやらなくていい事になってるんだ。」  清水は漫画研究サークルの中では珍しく漫画を描く側である。年に2回発行される部誌に自作の漫画を掲載して販売する。案外、売れ行きが好調で部費の一部を担っているから、描く人はその分の雑務が免除される。  「今回も手を怪我してるから描けないんですか?」  鈴木はずっと気になっていた清水の絆創膏だらけの手を見て言う。今日も初めて会った日と同じくらいペタペタと貼られている。視線に気づいた清水は笑って答える。  「ああ、この絆創膏?そう、そうだよ。3年になって講義が少なくなったからさ、ずっとサボってた料理をしてみようかなって挑戦したら、こんなことに。包丁が宙を舞うことなんて本当にあるんだね、私、死んだかと思ったよ。」  内容とは裏腹に楽しそうに話す清水につられて鈴木も笑う。  「鈴木くんも一人暮らしなんでしょ?新入生歓迎会で言ってたし。料理はしてる?」  清水の問いかけに鈴木は痛い所をつかれたと、身体をこわばらせる。そんな鈴木の気持ちを察した清水は少し黙って意地悪に問いただす。  「いえ……」  鈴木は苦虫を嚙み潰したような顔で答える。  「料理はしておいた方が良いよ、友達と鍋するときに恥かくからね。」  そう言って清水はまた大きく笑った。
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