隣り合う夏を越えて

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 ちょっと勿体なかったかなって思ったんだ。 ***  入学式が終わってから案内された教室。隣の席に座る藤堂くんを見たとき、すごく気になった。  前を真っ直ぐ見つめる眼差し。 他の男の子とはちょっと違う空気があった。 ━━話してみたいな。  消しゴムを落として拾ってもらって、話すきっかけを作ろうと思った。  消しゴムはうまく落ちたけど、藤堂くんはそれに気づかなかった。  残念……。わたしなんか眼中に入らないかぁ。  恋愛の経験はほとんどないけど、自分に興味がある人とない人の見分けくらいはつくようになっていた。彼はわたしには興味がない人だ。わたしは全く興味を持っていない人にガンガンアタックできるほど強くない。  でも隣ならこれから話すチャンスもあるかも?  それから席替えをするまで隣の席だったけど、結局藤堂くんがわたしを見ることはなかった。おはようとか最低限の会話だけ。  一度、弓道部の藤堂くんが矢を打っているところを見たことがある。 射抜くような眼差しで真っ直ぐに的を見つめていた。 あんな目で見られたことはない。  席替えして席が離れて、そこで終わった。そもそも何も始まっていないけれど。  今年の梅雨はよく雨が降って陸上部の練習は中止や屋内トレーニングが多かった。  屋内トレーニングだと男女同じメニューをすることが多くて、そのうちに隣のクラスの早瀬陸斗と仲良くなった。話が合って、優しくて、柔らかい笑顔で笑う人だなって思った。 「早瀬って優しいけど、そんなに優しくて競技で争えるの?」  疑問に思って聞いてみた。 「お前の性格はマネージャーに向いているってよく言われる」って返ってきた。  やっぱり言われるよね。 「でも、陸上ならまだ自分との戦いの部分が強いからいいんだ」  優しい顔で笑っていたけど、目には力強い光があった。  練習が中止なって帰る日、早瀬に呼び止められた。 「折笠といると話が合って楽しいし、目標に向かって頑張ろうって思えるんだ。だから俺と付き合ってくれない?」  真っ赤な顔しながら緊張して告白してくる姿がなんか可愛いなって思って、告白を受けた。  期末試験が終わって、花火大会にも行った。  手を繋いで帰った帰り道、お別れのときにはじめてのキスをした。  家に帰っても夢見心地でふわふわしていた。  ふわふわを引きずったまま、次の日は終業式のため学校に向かった。終業式でも朝練はあるので朝早くに。  そしたら校門から入ってすぐの花壇の前のベンチに藤堂くんが座っていた。  こんなに時間にいるのが珍しくて思わず声をかける。 「藤堂くん?」  藤堂くんがこっちを見た。  その時。  藤堂くんが初めてわたしのことを見てくれたような気がした。  矢を打つときのように真っ直ぐにわたしのことを射抜く。  一瞬動けなくなる。  そしたら藤堂くんの目から涙がこぼれ落ちる。わたしはどうしたのかと思って急いで駆け寄った。 「大丈夫?どうしたの?」 「ごめん。大丈夫。コンタクトがずれたんだ」  至近距離で涙で濡れる藤堂くんの目がわたしを射抜く。  わたしも藤堂くんの目から目が離せない。  見つめ合う。 ━━なんか恋が始まるときみたい。 一瞬思った。 ━━でも。 ━━もう恋は始まらない。  わたしにはもう付き合っている人がいる。話が合って優しくて、それだけじゃなくて力強い瞳を持っている人。 「ひまりっ」  陸斗がわたしを呼ぶ。 「陸斗」  わたしは自然に笑顔になる。 「藤堂くん、わたし朝練が始まっちゃうから行くね。あまり痛いんだったらコンタクト早めに外したほうがいいよ。目が傷ついちゃうから。保健室に保存液とかあるみたいだよ」 「……ありがとう。折笠さん」  藤堂くんは微笑む。見たことのない顔にちょっとだけ胸がドキっとした。  藤堂くんの横を抜けて陸斗に駆け寄る。 ━━ちょっとね。 ━━ちょっとだけだよ。 ━━ちょっと勿体なかったかなって思ったんだ。  もし陸斗と付き合っていなければ、ここで藤堂くんと恋が始まる未来なんかもあったのかもなって。  でも、お母さんが女は好きになるより、なってもらうほうがいいわよって強く言っていたし、わたしもそう思う。  藤堂くんと付き合ったら尽くしちゃいそうって思うし。  なによ、自分の中でちょっと想像するくらいいいでしょ。  だって今は誰が大切な人なのか、わかっているんだから。  隣のわたしよりちょっと背の高い陸斗を見つめる。 「え?なに?」  突然見つめられて必要以上に陸斗は照れる。 「なんでもないよ……なんか好きだなって思って」  わたしは自然に笑顔になる。  前を見ると校庭に生える桜の木が青々とした葉っぱをつけている。夏の暑い風が吹く。  これから、高校に入ってはじめての夏休みが始まる。
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