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「じゃ、百点取ったらやらせてくれんの?」 三十と少し、並んだ机。 弁当や制汗剤の匂い。化粧品に油性ペンの匂い。それらすべてがないまぜになって、むっとする空気が窓を開けてもまだ残っている。 普通は呼び出されたら、教師の机の脇に立つものなのだろう。だが俺は教室の後ろの扉から何も言わずに入ると、窓際の列の後ろから二番目、話したこともないクラスメイトの席に座った。横に引っ掛けてある犬のキャラクターの柄の袋を見るかぎり、たぶん女子の。 椅子を鈍い嫌な音を立ててずらして、だらしのない姿勢で右手で頬づえをつく。 話しながら、あの男はまっすぐ俺を見ていた。 眼鏡の向こう側の瞳からは、何も読み取れない。 そのことが、余計に俺を苛立たせた。 それで、その視線を遮ってやるつもりで言った。 百点取ったらやらせてくれんの。 「いいよ」 冗談を言うタイプではない。まして、こんな内容で。 「暗くなってきたから、早く帰るんだよ」 きちんと教科書やファイルをそろえて、小脇に抱える。 静かに扉を開け、教室を出て行く。 白い分厚いカーテンが、風に煽られてばさばさとはためく。 俺はてのひらから数センチ顔を浮かせたまま、後ろ姿を目で追うのもしゃくで、消された数列がうっすらと残る黒板を見つめていた。 空気は生温くて不快きわまりなかった。 高校三年生。春と夏のあいだ。
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