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てのひらが行き場に迷い、どのくらい力を込めれば良いか、戸惑う。
薄暗くなった室内で、ほとんど青ざめて見える草薙の頬に手を添えた。
右手の親指で血の色をした下唇をなぞると、草薙の小柄な体がぴくりと動く。
歯と歯の間に親指を割り入れる。
かり、と軽く噛まれる。指先から伝わるのは、痛みと言うよりは名状し難い痺れ。
何か言おうとしたのかもしれない。それが何なのか、俺にはわからない。
奥まで差し入れれば、ぬるぬるして、熱い。
欲望をかり立てるには充分過ぎた。
指を抜き取りながらその隙間に舌を入れる。
「…ん」
小さくてつるつるした歯。歯茎の肉。ひだが波打った部分。薄甘い唾液の溜まったところ。
今までわからなかったことが、わかる。
知っていたはずなのに知らなかった細部。
舌は少しざらつき、裏側は複雑な構造をもちつつ感触はなめらかだ。こわばっていたそれは、絡みながらじくじくととろけさせられていく。
「………ふ、」
もう声出さないで。
また誤解しそうになるから。少しは感じているんじゃないかって。
きっとこれは呼吸が苦しいせいだ。
ただそれだけ。
乱れた前髪と、にじむように潤んだ黒目。
本来こういう場面なら煽情的だと感じるのだろうが、今の俺にとっては痛々しくも見えた。
また、迷う。
「…ほんとにいいの?」
Tシャツを脱ぎかけて首元にとどめたまま、たずねる。
「やる」だけならば、下半身だけ露出すれば事足りる。
じゃあ何だってわざわざ素っ裸になるのか。脛毛とか、人によってはたるんだ腹とか、晒して。
「俺、どうなるかわかんないよ。すげえ乱暴にしちゃうかも。傷つけるかもしれない」
草薙は俺の肩か、もしくはその向こう側をやや目を細めて見つめながら、無言で俺の言葉を聞いている。
俺はシャツの布地に口元を埋める。
やっぱりやめろと言って未練を断ち切って欲しいのか、このまま独りよがりでも続けたいのか、わからない。
すると俺の心を読んだように口を開く。
瞳の光がいっそう和らぐ。なぜ、今そんな表情をするのかもまるでわからない。
「君は僕の本を読んでくれたから」
きっぱりと言って、それきりまた黙る。
本?
それが、それだけが理由?
わからない。
だから肌と肌をくっつけて体温を知りたくなる。
伝わらないから、もっと。
邪魔なTシャツはベッドの傍らに投げ捨てる。草薙と俺との境界線を、少しでも消すために。
「………あ」
気が遠くなるくらい肌理の細かい白い肌には、たやすくしるしがつくと知る。
「………っ、ん…」
強く吸うと身をよじる。
少しずつ確かめるように、指先でたどる。
俺、100点取るから。
あれは告白だったのだと思う。しかも、ひどく直接的な。
弟が石やら木の枝を繰り返し拾っては大人に手渡すみたいに、単純に喜ばせたかった。
届かないなら、せめて。
だって俺は先生を。
そのことを考えると胸が痛い。
先生が、32人いる生徒のうちの1人としてしか、俺を見ていなくても。
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