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ぬるい、てのひらの温度。
突然つかまれる。すでに充分過ぎるほど充分に昂っていたそれを。
イヤラシイ触れ方ではなく、しっかと。
驚いて、今さっきまでぐるぐる考えていたことが瞬間、頭から消えてなくなる。
「あの…何ていうか…」
草薙は目をそらして言いよどむ。
聞くのがこわい気がした。
耐え難いくらい嫌だと言われたらどうしよう。生理的に嫌、てやつだったら。まだ卒業まで半年以上あるというのに。
俺のすぐ下で、頬が上気している。
何度か噛んだ唇をやがて開く。白い歯がちらとのぞいた。
「…口でしてあげる」
俺は真顔のまま固まったと思う。ぽかんとした表情すら、できなかった。
「僕ばかり、されているのじゃ悪いから」
今日何度目かの、動揺。
意外過ぎた。
5本の指でしっかりと包まれているのがわかる、俺の。
正直なところ、想像したことはあった。秘密で。
だがそれはあくまで想像の範疇で。
「…しなくていい」
「よくない」
謎の断定口調で草薙はすかさず答える。
「変な気、使うなよ。俺が一方的にしてることなんだからいいんだよ」
言いながら虚しくなる。だがそのとおりなのだから、これ以上無理はさせたくなかった。
「だめ」
「いいってば」
つかまれたまま、俺は怒られている。
「だいたい、だめって何だよ?」
草薙はぷっとふくれっ面をしている。
もう目はそらしていなくて、切れ長の目が、まっすぐに俺を見上げている。
「…不公平だからだ」
「意味わかんねえ。て言うか離せよ」
「嫌だ」
ベッドで上と下になって、向かい合って見つめ合う。裸で。
「何でそんな、頑固なんだよ」
この男は、軟い表面の内側はとんでもなく、固い。
「あのねえ…嶋田くん」
溜め息まじりに焦れたような、あきれたような言い方をした。
「何だよ、こんなときに」
こんなときに名前を、授業中みたいに呼ばないで欲しい。
「たまには先生の言うことを聞きなさい」
それは弱みだった。弱み、のようなもの。
よく、「あの人が何々じゃなかったらもっと」などと仮定の話をする。立場や役割がなかったら良かったのにと。
だが俺にとって草薙はそうじゃない。
俺にとってこの男は初めから、そしてどこまでいっても「先生」だった。
だから反論できなくなる。
次は俺がむくれる番だった。
「…やっといつもの調子に戻ったね」
からかうのとは少し違っていて、しみじみと実感がこもっていた。
「最近、ほら…話もしなかったじゃない?」
安心している、と言っても良さそうだった。慈しみとでも呼ぶしかない空気がにじんでいる。
「…うん。本当は話したかった」
その空気に触れて、俺はぽろりと本音をこぼす。
本当は話したかったし、たぶんもっと褒めて欲しかった。
草薙は目を閉じて微笑む。
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