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黒い髪がさらさらと、俺の腿の内側に落ちる。
先からつけ根。表から裏。
くまなく触れていくような、生真面目なやり方。
「…くすぐったい」
ふふ、と笑う小刻みな空気のふるえが唇から伝わってくる。
「…先生」
喉の奥で、ん、と答えた。なんだか、えろい。
「今までにさあ、」
聞かなくていい事だった。しかも今。
「こうゆうの、どのくらいしたことあるの」
口に出してしまうと、とても直接的で身もふたもなかった。
草薙は動きを止めて、ぱちくりと瞬きをした。
「それは…なくはないよ」
下唇を先っちょにくっつけたまま話す。
俺ではなく「それ」に話しかけているみたいだ。
そんな風に親しげに扱われるのは、うれしいようで恥ずかしいようで、うれしい。
「…なくはないけど、あると自信を持って言えるほどの経験はない、かな」
何だそれは。まどろっこしい。
まあ、24歳で何もなかったらそれはそれで不気味ではある。だが。
先生は俺のものじゃないけど、先生は俺の先生なのに。
「…こんなときにそんな顔しないよ」
つい憮然とした俺を、しょうがないなと言うように笑んでたしなめる。
べつに、ふてくされてねえし。
今、この時間は先生は俺のだし。今だけは。
手を伸ばして、草薙の耳に触れる。
耳って複雑なかたちをしていて、まるで作り物みたいだ。
細い首筋からつながる、背中のなだらかな曲線、くぼみ。
ほくろとか傷ってものが全然ない。
もしかしたらまだよく見ていない部分にあるのかも、しれない。
そう思ったら下半身の熱が、高まる。
車のエンジンや風、鳥の鳴き声がかすかに聞こえるだけで、この場所はこわいくらい静かだ。
それよりずっと近くで、がちがちに硬い肉に唾液のからみつく音。
もっと音、立てて。
裏側の、真ん中よりちょっと下。
体じゅうの神経をひりひりと逆撫でされる感覚。
「…きもちいい」
身じろぎをしてしまう。
一瞬俺を見遣る流し目の、湿度。
我慢できなくなりそうで目を閉じる。
溜まっていく一方の熱。
きもちいい。きもちいいけど、もどかしい。
「先生」
また、呼ぶ。
カーテン越しにまだ残る昼の光で、舌先がちらとひらめく。
「…入れたい」
どこでもない中途半端な空間に向かって吐き出したくはなかった。
先生のなかに入りたい。
つけなくていい、むしろつけたくないと俺は言ったのだが。
「つけて」
またしても毅然とした様子で言うのだった。
「君の体を守るためでもあるんだよ」
保健体育の授業が始まりそうだ。
「持って来たの…? わざわざ」
それにしても、だ。
「だって…。必要じゃないか」
気まずそうな表情などしていない。ただきっぱりと、全裸で体育座りをして言い募る。
場違いなほど真っ直ぐに俺を見ている。
本気だったのだなと、ここで初めて本当にわかる。
その本気を即物的に表わした平たい箱と、潤滑ゼリーの小さなボトル。
ゴムを嵌めた指を、穴というよりは裂け目にあてがう。白いふくらはぎに緊張が走る。
ゆっくりと差し入れる。
きゅっと引き締まって、固い。
誰が見てもわかるようにぽっかりと穴が開いてりゃ、もっと楽なのに。
奥まで進めると草薙は目を閉じて眉根を寄せる。
不意に沸き上がる焦燥。
小袋を歯で噛みちぎって、開ける。
ピンク色の薄い薄い膜を1枚隔てて、その先がどうなっているのかは知らない。
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