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「絶対に蔵には入っちゃいかんぞ」
幼いころ、今は亡き祖母がやけに厳しい表情でそう言ったのを、僕はいまだに覚えている。
あれは二十年ほど昔だっただろうか。
僕が小学校にあがったばかりで、五月の連休が目前に近づいていた春の日のことだった。
当時、僕の家の敷地内には、小さな蔵が建っていた。
蔵と言っても決して大掛かりなものではなく、すでに亡くなった祖父が集めていた陶磁器やガラクタが収められていたらしい土蔵だ。
どうして入っちゃいけないんだろう……? 幼い僕には、とにかくそれが疑問だった。
本当は詳しい理由を聞いてみたかったけれど、あのときの祖母の表情に、なんとも言えない恐怖というか威厳のようなものを感じて、聞くことができなかったのだ。
「いいな。絶対、蔵にだけは入るなよ」
祖母は僕の肩にポンと手を置いて、諭すように繰り返すのだった。
「うん、わかった」
僕は大きくうなずいた。
「よーし、いい子だ」
祖母は急にいつもの笑顔に戻り、僕の頭を優しく撫でてくれた。
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