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怒られると思ったのだ。主人の方はちょっとした不手際でも、わざわざ呼びつけて嫌味を言う。
「すいません。すぐに片づけますから」
駆けつけて、平謝りしながら、すぐにしおれかけた花をハサミで切ってしまうと、サミーは残念そうな顔をした。
「まだ咲いているのに切ってしまうの?」
「しおれかけてましたから」
サミーは長い黒髪をまとめて、涼しげな夏物のドレスに身を包んでいた。大きく開いた襟ぐりからのびる白いうなじの上で、木漏れ日が踊っていた。
彼女はカラスより十歳以上年上だったが、まだ若く、今まさにこぼれんばかりに花弁をひろげきった花のように艶やかで、欠けていく直前の満月のように冷ややかだった。
「なんだか嫌ね。盛りをすぎたものはさっさと切り捨てるなんて……」
サミーは物憂げな表情でつぶやいた。
「バラのためには、どんどん切ってやったほうがいいんです。古い花をそのままにしておくと、新しい花が咲かなくなりますから。でもこうしておけば、すぐにまたきれいな花が咲きますよ。……あなたみたいに」
カラスがそう説明して、気休めのような笑いをつけ加えると、サミーも微笑した。
「いつも主人にうるさいこと言われてるんでしょう? そんな小さな雑草なんて、いくら取ったってキリがないでしょうに。男の人のヒゲと同じで、朝きれいにしても夕方にはまた伸びてくる。ニイラスは暇でやることがないから、立場の弱い人の揚げ足を取るの。私にもね……」
夢の中で、サミーはリボンだらけのネグリジェを着て、豪華な天蓋つきのベッドに座っていた。
彼女は、芝居と占いとおしゃれが好きだった。
化粧台にはお気に入りの役者と同じ香水があり、クローゼットの中には、仕立て屋におだてられて買ったものの、袖を通していない服が何着もある。彼女は通りで物乞いをする貧民には一シグだって払わないが、自分に不幸な占いをしてくれる占い師の前には、喜んで金貨を積む女だ。
そしてどこへ行くにも、お姫様みたいに着飾っては、満たされなさを埋めてくれるなにかを探してる。
劇場で、菓子店で、占いの館で。毎日毎日……。
あるとき彼女は寝室で、我慢ならなくなったようにわめいた。
「どうしたらそんな酷いことばかり言えるの? あんたは欠陥人間よ。人間として、大切なものが欠けてるの!」
「金か?」
カラスは疲れきった顔に、うすら笑いを浮かべた。
「出てって! 出てってよ。もう顔も見たくない。あんたはクビよ」
でも夢の中のサミーは、そんな事を言いだす前のサミーだった。
しかも顔も違っている。
確かにサミーなのだが、顔はティミトラなのだ。優しげに微笑んで、恋人を待っている。
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